038-Hi-Λ's
「ナノカ……チャン……」
「……ん。……なに」
「『崖下の祭壇』には自分で降りられたのだろう? だったら、その場所にも自力で行けばいいだろう」
もう逆らうだけ怖い目見せられるだけであるし、恐らく『血の女神』であると考えられる彼女の機嫌をあまり損ねるのも良くないので、観念して彼女が望む通りに呼んでやり……やっとこさ話を聞いてくれる様子になったナノカへと、俺は抱いた疑問をそのまま素直にぶつけることにした。
「……降りてないよ。……自力では。……追いかけただけ。……きみを」
「なに? 待て、どういうことだ。このゲームは街の外に関してかなり特殊なマッチ方式だったはずだ」
だが、そう簡単に自らの本音を明かすことはないだろう……と思っていた俺だったが、予想に反してナノカはあっさりと俺の質問に答え―――そして、その答えがこれまた新たな謎を呼ぶようなものだった。
……普通のオンラインゲームであれば、同じサーバーに接続しているプレイヤーは基本的にリアルタイムでマッチングし続けるのでナノカの言い分にはなにもおかしな点は無いのだが、このゲームに関してはどういうわけか『街』から一歩でも外に出ればパーティーを組んでいないプレイヤーとは早々出会わないはず。
だから、ナノカが言った通りの挙動……気になる『崖下の祭壇』へ向かったプレイヤーがいるから追いかけよう、というものは出来ない。
……もちろん、俺が知らない仕様がなにかあるかもはしれないのだが。
「……超能力者だからね。……私」
「は? 超能力……?」
「……Hi-Λ's。……あるでしょ。……聞いたことぐらい」
喋れば喋るだけ謎を生み出すナノカ……そんな彼女があまつさえに言い出したことは、なんていうか、もう……謎の範疇を超えてオカルトに足を突っ込んでいるような内容だった。
超能力……超能力と来たか、しかも『Hi-Λ's』と……。
……一応、『Λ's』というものは実際にある―――『Λ世代』と呼ばれる、幼少期よりVR機器に多く触れていたことにより、そうではない人間に比べ高精密かつ高速で意識操作―――通常ならばジェスチャーや音声による入力を伴うVR空間でのシステム的操作を意識のみで行うこと―――することが出来る世代のことだ。
これは今となっては別に珍しいものでもないし、俺や金奈、月文字なんかもそう……というか、親がVRゲームに否定的な環境で育ったわけでなければ今の十代ぐらいまでは全員そうだ。
しかし、これが『Hi-Λ's』となれば話は違い……そちらに関しては完全にオカルトの領域で、この『Hi-Λ's』という言葉が指し示すのは、これを出す前にナノカが口にしていた通り『超能力者』だ。
正確にはVR空間限定の超能力者……といったところだが。
「にわかには信じられんな」
「……いいよ。……別に。……関係無いから。……きみがどう思おうが―――」
実際に存在が証明されている『Λ's』と違い、未だに三流未満の月刊誌が稀に取り扱う程度の存在である『Hi-Λ's』……自分がそうであると、堂々と語ってみせたナノカだったが、もちろん俺はこれを信じることができなかった。
「―――確かだから。……声が見えるのは。……私が」
「…………」
だが、俺のそんな反応など見慣れたものだと言わんばかりの様子で……ナノカは、誰がどう言おうが事実として自らは『Hi-Λ's』であり、その能力の一環でマッチングしていなかったプレイヤーである俺を追跡したのだ、と……そう捉えられるような素振りを見せてくる。
……そして、字面だけ見れば笑って一蹴出来そうなナノカのその言葉は、妙に重く……俺は、黙り込むしかなかった。
「じゃあ、なにか。俺が『崖下の祭壇』を目指している……というのを街で聞き拾って、その声を『視て』付いてきたと?」
「……追わないよ。……きみ如きの声なんて。……自惚れんな。……旧人類がよ」
「……………………」
どういうわけかナノカの言葉には言い表しがたい説得力があったものだから、一旦信じることにして……したんだが、なぜかは知らないが物凄い勢いで罵倒された。
なんだろう、この……俺が……俺が悪いのか? なにか間違っているのか? 俺が……?
「……この世界に満ちている声。……私が追うのは。……どの世界でもそうだけど。……特に近く感じるから。……この世界では」
「そうか……」
……なんにせよ、こちらからしたら大分理解不能な領域に話が突入しているし、半端な理解度で話を合わせるとボロクソに罵倒されるので俺は最小限のリアクションのみを返し、ナノカが指示する方向へと足を進めていく。
しかし、改めて考えるととんでもない女に目を付けられたものだ。
だって、謎のPK集団を率いる『血の女神』である上に『Hi-Λ's』を自称しているんだろう? あまりにも属性が忙しすぎる。
シナリオがぶっ壊れてる類のマニアクスでもそんなもの流石に早々見ないぞ。




