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036-『血の女神』

 まるで予想していなかったアクシデントの発生に確かな焦りを覚えつつ、そのアクシデントの本体である少女が何者なのかと思って注視したところ、この少女がプレイヤーであることが判明する―――頭部の上に『ナノカ』という名前が表示されていたのだ。

 もしもNPCであれば殺してでもスルーしていたところだが……プレイヤーとあらば普通はそうはいかず、更に言うのであればこのタイミングで姿を現した『プレイヤー』というのは極めて厄介な存在でしかない―――なにせ、ここで遭遇したのであれば彼女は『崖下の祭壇』こと『渦虫の祭壇』に辿り着く方法を知りながらも、それを秘匿していたプレイヤーのひとりになるのだから。


「従わな」

「殺す」

「……………………」


 だが、だからどうしたというのだろうか……俺とて『葬儀屋(アンダーテイカー)』、決して『普通』の範疇に収まるプレイヤーではない。

 故に、そんじょそこらのプレイヤーの言うことなど聞く義理はないと思って、従わなければどうする? と余裕たっぷりに聞こうと思ったのだが、有り得ないことにこのナノカというプレイヤー、少し喋っただけで俺の足元に向けて手の平から謎の熱波を放って来た。

 ……その一撃で綺麗に並べられていたタイルの一部が消し飛んだあたり、どうやら、彼女より手の平を向けられているのは拳銃を付きつけられているよりよっぽど危機的状況にあることになるらしい。

 更に言えば、このプレイヤーはPKになんの躊躇いもないらしい……でなければ、こんなにも迷いなく人の足元を撃てるわけがない―――。


「……言うこと聞いた方がいい。……大人しく」


 ―――そう、思った瞬間。

 彼女がPKに迷いが無いと気付いた瞬間……俺は、あるひとつの答えに至った。

 なにせ、このナノカという少女……紅い波紋が規則的に表面を流れる不可思議な部分こそあれど、シルエット自体はシンプルなフード付きパーカーである極めてゆとりある服装―――恐らくは星遺物なのだろう―――をしているのだが、大分体形を隠せそうなその恰好をしていても分かる程度には……。

 巨乳(デカチチ)、なのだ。

 そして……その特徴に当てはまり、かつ『溶虫の神星骸』から続くエリアに関連していそうな存在が……ひとつだけある。

 ……突如として俺に襲い掛かってきたPKプレイヤー、【血の雨】第一の刃、指狩りのペロペロババボが口にした存在……『血の女神』、だ。


「……分かった。それでは、何の用だ?」


 瞬間的かつ天才的な閃きにより、このナノカという謎のプレイヤーの正体を見抜きつつ……俺は、出来得る限り彼女に対し興味無さげにその目的を訪ねてみることにした。

 確かに、今こんなタイミングで絡んできたのは邪魔以外の何物でもないのだが……もしも、彼女が『血の女神』であるならば、彼女に関するどんな些細な情報であろうと俺は必要であり、そして、向こう側からこうして接触を行ってきたのであれば……それらを得る絶好の機会に他ならなく、みすみす見逃すことは考えられないのだから。


「……お願いがある。……腕を見込んで。……あなたの」

「腕、だと? どういう意味だ? 互いに初見だと思うが」


 すると、どうにも彼女は俺になにかを頼みたい―――それも、俺の実力を高く評価して―――らしく、……当然の話だがそれは決して有り得ない話なので、俺は、わけがわからない、といった素振りを返す。

 普通に考えれば俺が彼女のことを全く知らないように、彼女もまた俺のことを全く知らないはずなのだ―――なにせ、俺はこのゲームを始めたばかりで、この『サントゥ』という名が広まるようなことは一切していない。

 

「……そうかもしれない。……そちらはね。……私は違う。……ずっと見てたから」

「ほう……」


 しかし、俺の『互いに初見である』という言葉に対しナノカはゆっくりと首を横に振ってみせ……瞬間、俺は確信に至った。

 ……間違いないだろう―――彼女が、『血の女神』だ。

 なにせ、この状況で俺のことを知っていて、俺が相手を知らない存在は……そのひとり以外―――ペロペロババボを返り討ちにした俺を狙う『血の女神』以外―――は有り得ないのだから。

 となれば、彼女が俺になにを『願う』のかというところは極めて気になる……『腕を見込んで』だなんて付け加えるなら、余計に。


「……従って俺になんのメリットがある?」


 だが、ここで俺があまり乗り気であることを知られてしまえば良い様に使われてしまう可能性も高いので……あくまで非協力的な姿勢を見せることにした。

 別に大したメリットが無かったとしても、このナノカという少女―――『血の女神』や、それに関わる何某への情報が手に入るとあれば気にはしない……というのが本音だが―――。


「……そうだね。……揉む? ……おっぱい」

「…………は?」


 ―――本音だったのだが、なんだろう……急に、物凄く会話の知能レベルが低下した気がする。

 なんだ、なんだ……急にどうした? なぜ急にそんなこと……。


「……見てくるし。……めっちゃ。……揉みたいんじゃないの?」

「いや、その……それは……あのぉ……」


 …………。

 ……。

 なんか、あれらしかった。

 俺が彼女を『血の女神』として判断するために、ほんの僅か一瞬ばかり胸を注視したことがバレていたらしく、興味津々と思われてしまったようだ。

 ……なるほどな、流石はペロペロババボのような優秀なPKを率いる『血の女神』といったところか……。

 たった一瞬の俺の視線にすら気付くとは……。

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