033-勝って兜の緒を締めよ。
「…………。本当に楽勝なんですね。流石です」
「……言うわりには不満そうだが」
「そんなことありません」
『スタン』に陥り、片膝を付いた『守護者』へと先程までのゆるゆるとしたペースが嘘かと思うほど激しい攻撃を連続して叩き込み、苦難足りえないと判断した『守護者』を一瞬で廃棄したコールオディが先程までと似たような笑顔―――ただし、明らかに作った雰囲気のあるそれ―――を俺へと向けてくる。
……まあ、楽勝は楽勝で仕方がないだろう。
既に2回倒してる相手で動きも知っているし、レベルがやたら高いせいでステータスが跳ね上がっていただけで、そもそもそこまで強敵じゃないわけだし……。
「……ですが、認めざるを得ません。わたくし、サントゥくんのプレイスキルを甘く見積もっていました。今の戦闘もそうですが、ここへ降りてくる手際も想像以上でした」
「まあ、これぐらいはできなくてはな。マニアクスと向き合えん」
とはいえ、もう少しは苦戦してやったほうが盛り上がったのだろうか……と俺が思い始めたところで、ふう、とひとつだけ息を付いた後にコールオディが賞賛の言葉を送ってきた。
どうにも、俺に苦戦して欲しかった様子を明らかに見せていたコールオディだったが、それはこの程度でも俺が苦しむと思っていたことから来る落胆によるものだったらしく、無事、コールオディは自らの俺に対する評価が誤っていたことを認め、彼女の中での俺の評価は上がったようだった。
……いや、上がっていいのだろうか、その評価。
上がらなかった方が平和だったのでは……?
「ああ、そうだ。サントゥくんがよろしければ、ですが。道中を降りてくる際の視界データを頂けませんか。せっかく『崖下の祭壇』への降り方が判明したので、それを攻略wikiに動画付きで掲載したいのですけれども」
「俺は別に構わんが、こういったゲームでは情報を秘匿するのが普通だったのではないのか?」
普通、知り合いからの評価が上がるのは喜ばしいことのはずなのに、なぜかそれが喜ばしくならないコールオディという少女の特異性を改めて感じていると、コールオディがこの場所に降りてくるまでの視界データ―――ようは、プレイしているときに俺が見ていた映像のバックアップを欲しいと言い出した。
どうしてそんなものを、と俺が思うことは予想済みだったらしく、コールオディは受け取った視覚データの用途―――攻略wikiに参考資料として掲載したいという用途―――も予めきちんと添えて伝えてきたので、特に深く考えず俺はここしばらくの視覚データをコールオディへと送る……。
……が、ただ、先程自ら言っていたことと今の彼女の行動が矛盾している点については一応確認をしてみる―――別に咎めるつもりはなく、単純な好奇心で。
「あくまで一般論の話ですから。わたくしが該当するかは別ですよ」
すれば、コールオディから返ってきた答えは極めてシンプルであり……言われてみれば、聞くまでも無いことだった。
そもそも、先程の秘匿どうこうといった話は、それによって他のプレイヤーに対し優位性を保つため……という話であり、そうであれば、このコールオディという少女―――否、金奈という少女は何事からも常に一歩引いたところに居て、積極的に自分が誰かの上に立とうとはしない人柄なのだから、自らが得た有力な情報を秘匿して優位に立つということはせず、むしろ周囲に共有して全体を高みに押し上げようとするのはおかしなことじゃないだろう。
……結果として、より高品位な地獄が見つかる方が嬉しいのだろうし。
…………。
……。
いや待て、俺は今、もしかしてとんでもないミスを犯したんじゃないか? ……違う、結果として高品位な地獄が見つかるから渡さない方が―――とか、そういう話ではない。
問題は、もっとシンプルで……かつ、致命的なものだ。
「あっ、すまないコール。その視覚データやっぱり」
「……………………」
「やっぱり……その……やっぱりなんだがな……」
すっかり、俺がここに来るまで……なにを見て、どういう動きをしていたのかを失念して……平気な顔をして視覚データを渡した俺だったが、そう。
今、俺が渡した視覚データを確認しながらコールオディが硬直していることから分かる通り……俺は、その……。
その…………大分、彼女の脚ばかりを見ていたような……気が……する…………。
「なるほど?」
「すまなかった」
まあ、確かにパルクール部分はパルクール部分に集中していたので、そこだけ切り抜けば攻略情報として参考にはなると思うのだが、それはそれとして……俺が自分の脚をひたすらに見ていたことに気付いたらしいコールオディが、片足を折って持ち上げ俺の顔と交互に見てひとつ頷く。
その『なるほど』がどういう意味なのかは全く分からないのだが、もう、とりあえず俺は謝るしかなかったので素直に謝り、頭を下げた。
それしかなかった。
唯一の救いは……それほどコールオディが気にしている様子がなく、そして今回俺が目を奪われたのがコールオディこと金奈の脚であり、月文字の脚ではなかったことだ―――。
「いま、あの子じゃなくて良かったとか考えました?」
「いッ、いやァ……? そんなわけがないがァ……?」
―――とか考えた瞬間に、下げた俺の顔をしゃがんで覗き込みながらコールオディが凄まじく鋭い直感を働かせて来たので、即座に折った腰を戻して彼女の視線から逃げる。
こんなことをすれば、実質的に白状したようなものだが……とはいえ、コールオディの目が怖すぎて直視できなかった。
ま、マズい……普通に気にしてるようだ……! どうやってこの場を切り抜けるべきか急いで考える必要がある……!




