029-宇宙は空にある。
「やっと終わった……」
「ああ」
……それから十分程だろうか。
コールオディと共に俺は『崖下の祭壇』を目指して道なき道を降下し、ついに目的としていた『崖下の祭壇』の目前まで辿り着いた。
いくら俺が先に跳んで問題無いことを証明した後、それに沿って動いていたとはいえ、普段はあまりこういうルートを取らないのであろうコールオディが、珍しくげんなりした様子で溜め息交じりに呟く―――。
「サントゥくん」
「ああ」
「なんでずっと上を見ているんですか」
「随分降りてきたと思ってな」
―――そして俺は空を見ていた……空には宇宙があるからな。
空には宇宙があるから、空を見ていた……。
最後に俺達を待ち受けていたアスレチックは、いくつか並んでいる浮遊する石を飛び移って徐々に降りてくる、というものだったのだが。
空を見ていると、宇宙が見えている。
宇宙が見えているから、俺は空を見ていた。
そして、浮遊する石達には絶妙に届かない距離に設置されたいくつかのダミーが織り交ぜられており、正しい順番で跳ばなければあの世に真っ逆さまだった。
だから……俺が、不安そうな声色で次はどの石に跳べばいいかを聞いてくるコールオディに対して、彼女のことを下から見上げつつ次に飛ぶ石がどれかを教えるのは、必要なことだったんだ。
つまり、宇宙を見るために空を見ていても仕方がないというわけだ。
赤かった。
宇宙は、赤かった。
結構派手な色しているんだな、宇宙。
意外だった。
「確かに……こうして、終わった後に見上げると、むしろ落ちた時のことを考えてぞっとしますね」
「ああ」
たしかに、ぞっとする。
コールオディが今回のパルクールにおいて、俺が視界に収めたものがなんなのかを知ってしまったらと思ったら……。
…………。
……。
ど、どうなる……? 分からない……月文字ならケタケタ笑いながら嘲笑の限りを尽くしてくると思うが……。
金奈は……?
……いや、まあ、ありも得ないことを考えてなにになるというのか。
非生産的な思考は捨てるべきだ。
なにせ、今、俺は……俺とコールオディは、極めて重要な局面に対峙している……俺達の眼前にてそびえ立っている『崖下の祭壇』―――正式名称、『渦虫の祭壇』は攻略wikiにおいて『誰も到達できていない』と評されていた場所なのだからな。
「……すこし、疑問なのだが。本当にここを訪れたプレイヤーは誰も居ないのか?」
……とはいえ、それなりの難易度だったパルクールさえすれば、俺のようなゲームを始めて間もないプレイヤーでも来られるような場所なのだから、発売からそれなり以上に時間が経っているこのゲームで誰も未だにここに来たことがない、というのは現実味がいまひとつ無いところだと思い、コールオディに聞いてみる。
例えば『天骸のエストレア』がマニアクスなのであれば不思議なことではないが、このゲームはマニアクスではない……探索だって徹底する奴は徹底するだろうに。
それともなんだろうか、もしかして普通のゲームばかりプレイしている連中は崖を降りようとは考えないのだろうか? それでは伝説のブラザーフッドになれないわけだが……。
「軽く調べられる限りでは、間違いなく。……とはいえ、『天骸のエストレア』を遊ぶプレイヤー達が誰しも全員、情報を共有したいと考えているわけではありませんから。サントゥくん以前にこのルートを発見し、ここを訪れたプレイヤーがいた可能性は否定できませんね」
「……情報の秘匿、か。そういう選択肢もあるわけか」
そんな俺の問いに対し、コールオディから戻ってきた返答は要約すると『分からない』であり、俺は思わずはっとしてしまった。
なるほど、といったところだ……まさか、情報をあえて攻略wikiに提供しないことで、他のプレイヤー達との差を付けようだなんて考えを起こす輩が存在するとはな……。




