027-ドブブドトロコンゼイ
「さて。ここが件の場所なわけですが」
貰った飲み物を口にしつつも特にこれといった会話を交わすことなく―――ただ、決して居心地は悪くなく、むしろその逆だった―――暗黙の了解で道中のモンスターを全て完璧にスルーしつつ足を進め、『溶虫の街』から南西に下った先にある『溶虫の神星骸』の最南端に辿り着くと、『天骸のエストレア』にて初めてのパーティーメンバーとなったコールオディが相変わらずの無表情で神星骸の端にしゃがみ込み、こちらへと振り返って視線を寄越す。
そんな彼女の横に並び腰を落とせば、大陸部分に隠れるような形で設置されている建物……『崖下の祭壇』が見えた。
「実際に見ても、本気であそこに行けると?」
「ああ。行けると思うぞ」
「……ふぅん」
どうやら、コールオディ的にはスクリーンショットでは感じられなかった高低差や、神星骸の下に広がる……もしも放り出されればどうなってしまうか想像もつかない星の海を見れば、俺が意見を変えると思ったらしいが―――俺としては、実際にきちんと自分の目で地形を把握できた上、失敗してもなんかよく分からないまま死ねそうな地形をしているおかげで肉塊にならないと分かったので、むしろ自信は強まる一方だった。
「まあ見ていろ。『ロード・オブ・ライト ~ザ・ブラザーフッド~』……通称『ドブブド』で培った俺の目は確かだ」
「そうですか。頑張ってください」
頑張れ、と言うわりには結果が見えてる愚行を高みの見物でもするかのような雰囲気で、手元の蓋付きコップに刺さったストローをじゅるりとコールオディは吸い上げる。
どうやら完全に俺の言葉を信じていないらしい……『ドブブド』をトロコンしている全人類1%未満のこの俺の言葉を……。
とはいえ、コールオディこと金奈が俺の言葉を信じないことなど別に珍しいことでもないので特には気にせず、俺は大盾に装備していた【減重】の星痕を直剣へと移し、用無しになった大盾をインベントリへとしまった
これにより、俺が身に纏う装備の重量は『最軽量』状態にまで入り、一気に俺のフットワークが軽くなる。
「まずは対面の浮石の……ここに」
「……ほう?」
いったいあの大盾どれだけ重いんだ……とか考えながら大きく助走を付け、少しばかり大陸部分から離れたところに浮遊している大きな石へ向かって飛ぶ。
もちろん、飛び移ることが出来るような距離ではなかったが、元々俺が目を付けたのは浮石の側面にあるギリギリ人の拳ひとつ分のサイズあるかどうかの突起であり、そこに両手を重ねるようにしてひっかけた。
「それから……こうだな」
「…………ほ、う……?」
その後、上に重ねていた左手を放して上半身を反転させて次になる足場を探せば……飛んできた方向、即ち大陸側にひとつ、崖上からでは足元に隠され見えない場所にそれなりの広さの足場が存在したので、そちらへと背中から飛び込み―――そのまま両腕で着地をし、一度バク転を挟んで勢いを殺す。
自分でやっておいてなんだが、とんでもない曲芸だ……しかし、この程度も出来ないようでは『ドブブド』をトロコンするなど夢のまた夢なのが事実だ。
こんなものは『ドブブド』からすれば基本動作、チュートリアルステージの内容に過ぎん。
「いや、そういえばこのゲームも、まだチュートリアルステージのようなものだったか―――」
「……あの! サントゥくん! ここからどうしたら!」
「―――はぇあ?」
もしかすれば、このゲームでも『ドブブド』クラスのパルクールを求められるかもしれんな、なんて考えながら次に向かう場所を探そうとしたところで、頭上から切羽詰まったコールオディの声が聞こえ、反射的に見上げて……予想外すぎる光景が飛び込んできたものだから、口から有り得ないほど情けの無い声が出てしまった。
仕方がないだろう―――そこには俺が先程そうしたように浮石の側面に張り付いているコールオディの姿があったのだから。
な、なぜ付いてきている……!? 降りれると考えるのは頭がおかしい、とまで言い切る程度にはパルクール力を持ち合わせないパルクール弱者であったはずなのに……!
いや、これは別にコールオディを貶めるわけではなくて……そもそも、普通の人間なら先程の俺の動きを見ても真似ようとは考えるわけがないのだ。
俺は『ドブブド』をトロコンしたことにより、VR空間においては完全に自らのアバターが跳躍可能な範囲を把握する能力を手にしているため、躊躇いなく跳ぶことが出来たが……普通であれば、例え自らが操作するアバターが現実世界の肉体よりも優れた身体能力を有していたとして、脳が自然と現実での自らの身体能力を基準に考えて、あんな場所に飛びつくような行為は拒絶するはずだからな。
「サントゥくん!」
「あ、ああ! そのまま真っ直ぐ後ろに思いきり飛べ! 着地のことは考えるな、俺が受け止める!」
「わかりました……っ!」
だとかなんとか考えている場合ではない。
既にコールは浮石に飛びついてしまっているし、勿論あまり長い時間あの姿勢をキープ出来るようにはこのゲームも作られていない。
なので、一番最悪であるパターン……自らの次の行為を信用し切れず、中途半端な跳躍をしてしまうことを避けるため、とにかく何も考えずに思いきり跳べと指示を出し、俺は崖際へと急いで近寄る―――直後、俺の身体を凄まじい衝撃が襲った。




