023-どうか、わたしのために傷付いて。
「うふふ、まずいです」
自らの短刀で切り裂いたのであろうファングウルフの喉にかぶり付き、流れる血を啜ったペロペロババボがゆらりと立ち上がり、真っ赤に染めた口回りをべろりと舐めながらニヤついた笑みをこちらへと向けてきた。
その様は、さながら吸血鬼かなにかのようで……どうしても、本能的に嫌悪感を抱いてしまう。
「……それもロールプレイの一環か? なんなんだ、お前達……【血の雨】とは」
「ははぁ。そうですね。これはロールプレイの一環でもあり……きちんと意味ある行為でもありますよォッ!」
「なにっ……!」
悍ましい姿を見せてくれたペロペロババボに対し率直な疑問をぶつけると、ペロペロババボはこれが答えだ、といわんばかりの様子で、先程まではただの短刀であった自らの得物から赤黒い液状の刃―――血の刃を出現させ、それを直剣程度の長さへと変えながら再度俺へ向けて駆け出した。
なるほど……【血の雨】というギルド名は、PKギルドによくあるシンプルに拗らせた物騒な名前というわけでもなく……彼らの用いるビルド、『血』を利用するビルドが由来でもあったのか……!
「あとはわたし達がなんなのか、でしたねえ! そちらもお教えしましょう!」
しかし、いくらなにをしようが、攻撃の発生する前にこちらの攻撃を挟みこめば問題無い―――と、そう俺は思っていたのだが、流石にPKギルド所属のプレイヤーなだけあって、ペロペロババボは自らの得物の長さを適時変化させて俺と一定以上の距離を保ち、こちらに攻撃の隙を与えないように動くことで俺の反撃を防いでくる。
「といっても、なにも特別なものじゃあ、ありませんよ! 至極一般的な、普通のギルドですッ! 英雄、友人、恋人、アイドル、嗚呼、なんだって良い! 自分の好きな相手! 推し! 神格化すらしかねない眩きそれらがッ! 自らと変わらず流す暖かな命の印ッ! それをいっぱいにッ! 全身にッ! 浴びたいというだけのねェッ!」
「くっ……まともじゃない……!」
見た目のわりに純粋な物理攻撃属性なのか盾を貫通してダメージを貰うということはないものの、その一撃一撃は明らかに今まで遭遇してきたモンスター達のものとは別格の重さを持ち、それによって発生するノックバックは俺を硬直させるのに十分だ。
そして、それにより俺を封じたことに気を良くしたのだろう……ペロペロババボは高らかに自らの存在理由を、【血の雨】の意味を語り―――。
「そしてわたしは英雄! その血を浴びたいのです! だからこうして、第一層で指を狩るのです! やがて世界を拓く強者―――その若き日の姿の! まだ幼いその指を切り落とし……その叙述詩に、わたしによって生まれた傷を、一節を! 刻み込むためにね! うふふっ!」
―――自らが所謂『初心者狩り』行為を行っている意味も語った。
……なんと、歪み、拗れ……臆病で醜い願いなのだろうか。
彼の語る望みは……自らが弱き者であると十分に理解した上の、妥協にまみれた望みであり……。
「そんな一節は、いらん」
許せば、汚点にしかなり得ない最悪の望みだった。
確かに、俺は別に今回この『天骸のエストレア』を遊んだことを後々まで語るつもりはないし、そもそも、俺の本分はマニアクスではある。
だが、だからといってこいつに殺されることは……俺の叙述詩に、こんなところで、こんな輩に殺されたことが記されることは、絶対に許容できなかった。
なにせ、それを許せば……俺は、マニアクスから逃げた挙句に神ゲーでよく分からん変態に殺されたことを自らの叙述詩に書き記さねばならなくなるのだ。
それは、許せることではない―――!
「いいえご遠慮なく! 刻みつけてあげましょう!」
「断、る!」
「ハッ!?」
―――覚悟を決め、幾度となく繰り出される変幻自在な血の刃による攻撃を盾で受けるのをやめ、回避しながらペロペロババボとの距離を詰める。
こんな戦い方をするのは本意ではないが……とはいえ、防戦一方は望むところではないのだから。
「ば、バカな……! 大盾を初期装備で選択しておきながら、なんです、その回避能力は!? そこまで動けてなぜ大盾なぞを!」
「誰に魅せるでもないのに、動く理由がないからだッ!」
「それは確かにィーッ!?」
突如動きを変えた俺を叩き伏せようと、激しくなる―――が、同時に焦りからか乱雑にもなる―――ペロペロババボの攻撃を掻い潜り、肉薄。
完全にこちらの射程に捉えたところで、上半身を思いきり捻り、大盾で思いっきり殴り付けた。




