022-ペロペロババボ
「さあ、行きますよ! 覚悟なさってください!」
「くっ……!」
あまりにもふざけたプレイヤーネームに惑わされたが……この男、ペロペロババボは間違いなくPKプレイヤー―――しかも、初心者狩りを楽しめるタイプのろくでもないPKプレイヤーだ。
いくら名前が小学生でも笑わなそうなふざけた名前だとしても、VR上では人殺しに変わりはない……殺人ピエロみたいなものだ。
とりあえず、大盾を構えながら相手の装備を把握する―――正直言って、マニアクス専門である俺には対人戦の経験など殆ど無いが、こういった場合は最低限相手のリーチと攻撃方法の予測をしておくべきだということぐらいは分かる。
「血をお見せなさ」
「ハァアッ!」
「いィーッ!?」
結果、相手は複雑な形状をした謎の短剣のみを握ったフットワークを重視する軽装型だと分かったので、ペロペロババボが俺の構えた大盾を嫌って逆の手側に突っ込んできた瞬間、そちらに向けて【突撃】を発動し、ペロペロババボを跳ね飛ばす。
見事決まった。
まあ、人間が操作するキャラクターは攻撃を行った瞬間と、実際に攻撃判定が出現する間に確実な隙が存在するからな……。
時間にすればおおよそ10F程度だが、それは致命的な隙だ。
「な、なんですいまの動きはッ!?」
「20F掛かるお前の攻撃に対し、半分の10Fで反応しただけだ」
「いや待ってください。人間の基本的な反応速度は20F程で、よほど良くても13F程のはずですが」
どうせタネが割れても人間には対処できない攻撃なので、威圧の意味も込めて教えてやる。
ペロペロババボがやたら詳しく説明してくれたが……そう、人間は基本的に20F程度の速さにはついていけて、ごく一部の人間は13F程度でも極限まで集中すればついていける。
俺だって勿論そうだし、別に特殊な訓練を積んでいないのだからリアルであれば13Fなんて反応できやしない。
だが、VR下では違う。
幼き日より父と共に様々なマニアクスを葬送って来た俺は、どういうわけかは俺だって分からないが……VRゲーム内においては、10Fまでなら見てから10Fで動ける。
見てから動けるんだが―――。
「黙れ、人殺し」
「黙れでゴリ押して良い超人技じゃありません!!」
―――そこまで律義に教えてやると、大体の場合マニアクスとはなにか? と聞かれるし、それも教えてやると、クソゲー超人技!? とかそんな感じのことを言われて腹が立つので教えはしない。
それにどうせ殺すんだから、いろいろ教えてやったって無駄だろう。
こいつは最早、モンスターと変わらん。
謎の短剣を装備した上、20F掛かる死ぬほどトロい技しか使ってこない―――モンスターだ。
「次はこちらから行くぞ、人殺し」
「いや! あの! えぇ……? なんでわたしこんなのの相手させられて……くっ! 止むを得ん!!」
「……逃がすか!」
とはいえ、もしかすれば予想の出来ない攻撃手段を取ってくる可能性も考えられるため、それらを使わせないよう距離を詰めて速度で制圧しようと思ったのだが、ペロペロババボは状況が不利だと判断したからか、俺に背を向けて走り出した。
わざわざ逃げていくなら追う意味もない……と、昨日はホーンウルフを見逃したが、こいつはホーンウルフとは違い、殺した方が世の為になる存在だ、逃がすわけにはいかない……!
「ヒィ……! ヘヴィアーマー着てるのにめっちゃ足速い……! おぉ、我らが血の女神よ、どうかご加護を……!!」
幸い、軽装に見えたペロペロババボと俺の間には走行速度の差が無い……どころか、本当に若干だが俺の方が速いようなので、このまま行けばやがては追い付くことだろう。
……だが、少々妙だ。
真っ直ぐ街に逃げ込むなりすれば良さそうなものだが、ペロペロババボはなにかを探し求めるかのように、たびたび向かう方向を変えながら走っていた。
「―――ははぁ! 見つけた! すばらしい!」
そして、そんな俺の予感は当たっていたようで……ペロペロババボは突如として逃げていた足を止め、突如としてなにかへと飛び掛かった。
……なにか、といっても、このエリアで飛び掛かれるようなものはひとつしかない。
ファングウルフ―――。
「鮮ッ血ッ! 犬畜生のものともいえど、それには変わりないッ! ゴクゴクッ!!」
「……っ……」
―――即ち、血の通う生き物だ。




