002-お兄様ナイスパァ!
「あのね、お兄様。とっても、言い辛いことなんだけど……」
夕焼けの差す教室の中、いかにも『薄幸の美少女』……だなんて呼び方が似合いそうな女学生が、身を僅かに捩らせながら、もごもごと口を動かす。
その様はさながら愛の告白でもする寸前のよう。
「100万なら既に用意した。好きにするといい」
だから俺は目の前の少女に向け、札束をぶん投げた。
なぜならこの女は好感度のパラメーターは参照先がミスにより、キャラクターごと別途に設定された『所持金』へと擦り替わっているからだ。
きっと、このキャラクターのみ、グッドエンドの条件として難病を患っている母親の手術費用をプレイヤーが賄えたかどうかの判定を加えているせいで……なにか、こう、有り得ない人為的ミスが発生してこうなってしまったのだろう。
「え、えっ! う、受け取れないよ! こんな……」
「気にするな。真っ当な金じゃない。お陰様でこのクラスは俺とお前以外誰も生きてはいない」
よって、このゲーム―――『ひぐらし☆ハイスクル ~親の都合でド田舎に引っ越し憂鬱だった俺ですが平均年齢50オーバーの過疎島に現存する高校生男児は俺一人だったため自動的にJKハーレム生活を送ることとなり俺の恋愛感情は完全に有頂天になったのだが?~』の、他ヒロイン全員を攻略してようやく攻略対象となる隠しヒロインな彼女『茜 亜希』……通称『お兄様呼びだけで100万稼いだクソトンボ女』を攻略するには、なにを思って実装したのかも分からない(もしかせずとも意図的じゃないかもしれない)NPC殺害要素を駆使し、クラスメイトを皆殺しにして100万稼ぎ、それを全て顔に叩きつけてやるしかないのだ。
なにせ、このゲームの所持金には万以下の位が存在せず最小値が1万であり、好感度はプラスマイナス100までの振れ幅が存在し、グッドエンドを迎えるためにはプラス100に到達する必要があり、本来は(彼女の話を聞く限りでは)20万程度くれてやれば済みそうになっている関係からか、どれだけ全力で(殺しを伴わないならば)唯一の金策手段である虚無アルバイトことレジ打ち(過疎島のはずなのに客が異常に来る挙句に途絶えない)を遂行したとしてもプレイ最終日までには30万程度しか稼げないからな。
ひとりあたま1万~5万は持ち歩いている学友達を皆殺しにするのは必然というわけだ。
「……ありがと。ぐすっ。優しいね、お兄様は……。……やっぱり、お兄様はアキにとってのお星様だ……」
俺から血に塗れた100万を受け取ったアキが涙を浮かべながら微笑む―――微笑んで、軽快なSEと共に俺の視界の隅にグッドエンドに突入したことを教える実績解除の通知と、それに連なって全実績を解除した実績解除の通知が飛び込んできた。
「ねえ。お兄様。その、恥ずかしい……けど、この気持ちは。たぶん、伝えないと、だから……一生懸命、頑張って伝えるね。あのね、お兄様。アキ―――」
「葬送ってやるよ地獄にィーッ!!」
瞬間、俺は100万の高額スパチャへの返礼として愛の言の葉を紡ごうとしたアキに対し実に27人もの人間を葬った―――これで28人目だ―――、恐らくこの世界において最も人類種の命を奪ったであろう究極の拳法、ドロップキックを放ち予め開けっ放しにしておいた窓から彼女を突き落とし、殺害した。
……まあ、正確には殺害とは言わないのかもしれないが。
なにせ、このゲームにおいて高所から落下したNPCは所持していたアイテムのみを落下地点に残し、存在が抹消されるだけであって死の概念があるようには思えないのだから。
御覧の通り、自分以外のクラスメイトを皆殺しにした相手に対してもアキは平然と接していたのだし。
「……どうして恋愛ゲームでマニアクスが発生する……意味が、分からない……」
ともかく……俺は、無事に落下して消滅したアキを葬送りながら思わず呟いてしまう。
呟きながら……崩れ落ち、床に手を付いた―――このゲームの、あまりの……その……アレさによって、意図的に無視してはいたものの、きちんと累積していた疲労によって。
……確かに、あのアキが100万の高額スパチャでしか靡かない恐るべき女であることこそ、このゲームが『迷作ゲーム』と呼ばれる象徴ではある。
だが、そもそもとして全体的にシナリオがプレイ時間を増やしたいという魂胆が透けて見える助長なギャグパートと繰り返されるラッキースケベ(全部パイタッチ)ばかりであるし、なんというかこう、いちいちキャラクターの言動にシナリオライターのやる気の無さ……『お前らこういうの好きなんだろう?』という雰囲気が滲み出ているし、イベントとイベントの合間に結構な距離を自転車で移動させられ、無意味にVRゲームなせいで体力は使うし、NPC達の徒歩移動は謎に遅いのに、不意に全く関係ない別の個所にテレポートするバグ(通称:島生まれ専用亜音速タクシーバグ)が多発するせいで居場所が掴み辛いし、たまに島外れにある廃墟に立ち入ったキャラクターがエリア上限まで吹き飛ばされて落下・消滅する……攻略対象がこれになったら瞬間詰みとなる致命的なバグ(通称:シュワッチ)も起こるし、この『ひぐらし☆ハイスクル ~親の都合でド田舎に引っ越し憂鬱だった俺ですが平均年齢50オーバーの過疎島に現存する高校生男児は俺一人だったため自動的にJKハーレム生活を送ることとなり俺の恋愛感情は完全に有頂天になったのだが?~』は……相当な作品であったと言わざるを得ない。
そもそも、タイトルが長すぎる上に読むだけで不快になる。
というか平均年齢50オーバーの過疎島とはどこだ。
少なくともこの島はコンビニに来る客は何処に通っているのか分からない学生ばかりだし、あの大量の学生で大幅に引き下げられるであろう島の平均年齢を打ち消せるだけの老人たちなど見たことが無いから違う。
いや、まず老人を見たことがない。
この学校の校長ですらモデルが存在せず、校内放送で声が聞こえるだけだからな。
もしかすると、どう見ても10代にしか見えないコンビニ客達の中に1800歳ぐらいの人外がいるのだろうか。
あとコンビニ客達の中に普通に高校生男児らしい客も居たのだが、彼らは高校生男児ではないのだろうか。
高校生男児のコスプレをして、高校生男児に見える程度の外見をしているが実年齢は80近いエルフだったのだろうか。
「まあ、いい。これで……仕事は終わりだ」
……考えても仕方のないことだ。
ともかく、これで『ひぐらし☆ハイスクル ~親の都合でド田舎に引っ越し憂鬱だった俺ですが平均年齢50オーバーの過疎島に現存する高校生男児は俺一人だったため自動的にJKハーレム生活を送ることとなり俺の恋愛感情は完全に有頂天になったのだが?~』は完全攻略完了であり、父に倣うならば―――『葬送った』ことになる。




