017-【減重】
「動けッ……! なぜ動かんッ……! くそッ……! 【減重】……お前の力はそんなものか!」
できなかった。
なにが?
上裸の卒業だ。
大盾に【減重】の星痕を刻み(どうやら剣やら盾やらにそれぞれ3種ずつ刻めるらしい)、ようやっとインベントリの中で腐っていた上半身用の防具を装備できる、と意気揚々だった俺は……いま、このゲームを始めた時と同じように地に伏していた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
力の限り叫びながら動こうとする。
動かない。
動けない。
0.0002ワイバーンも上体が上がらん。
終わりだ。
「話が違う……」
大地とキス……じゃない……なんかよく分からんクソデカい生物の内側とキスしている俺の口から絶望の声が漏れた。
【減重】を刻んでもこの鎧を装備しては動けないとあれば……もう、俺に打つ手はない。
この初期装備すら俺は……装備することが出来ないのだ。
終わりだ……。
「…………」
【減重】を手に入れればなんとかなるだろう、という考えを打ち砕かれたことによって……いよいよ真剣にどうしたらいいのかを考えてみることにした。
まずひとつの考えとしては―――上裸を享受することが考えられる。
…………。
……。
えぇ……やだよ……幼馴染の女の子もプレイしてるんだよ……? このゲーム……嫌だろ……知り合いの女の子の前で乳首晒すの……。
特に苦笑いだけで済ませてくれそうな金奈はまだしも、月文字の前で晒したくない。
絶対に嫌だ。
実は月文字ちゃんのことが好きだから軽蔑されたくないの~とか、そういう可愛い理由じゃない。
もしもこの曝け出された両乳首を奴が見れば―――。
『あら、おはようございますわ。詩羽さん。えぇ~っと。確かここら辺でしたわよね? 乳首ぽちー』
―――とかリアルで顔を合わせた際に平然とやってくる可能性が捨てきれないからだ。
あいつは、どこかおかしい……金持ちってのは全員ああなのか? いや、そんなはずはない……裕福なお嬢様全てが出会い頭に人の乳首指で弾いてケタケタ笑う狂人であるはずがない……。
いや、流石の月文字でもそこまではやらないかもしれないが。
だが、可能性が捨てきれない時点で全ては物語られている。
「もう攻略wikiでも見るか……」
であれば俺に残された道はひとつしかない―――シンプルに新たな装備を手に入れるのである。
出来ればこの方法は取りたくなかった……なにせ、素材集めを強要されることが分かり切っているからだ。
というのも、当然ながらこのバチクソ重すぎる上半身装備は初期装備であり、これひとつを売り払ったところで新たな防具を買うには金が足りないことが明らかで、店売りの装備を買うため金を工面するにしろ、新しい装備をNPCに作らせるにしろ、なんらかのアイテムを収拾する必要がある。
だから、新たな装備を入手するという手段は避けていた―――いや、確かに、このクソ重い鎧達を選択した時は『最悪売ればいい』と考えていたが、それは最悪の場合である。
そして、最悪の場合っていうのは、知り合いの女の子に乳首を見られても止む無い状況ということだ。
いまは違う。
まだ最悪ではない。
「……ウルフ系の素材で作れる装備か。性能は高いとはいえないが……金を貯めるよりは楽そうだな」
地面に伏したまま攻略wikiを眺め……流石の神ゲーらしく、攻略サイトが充実していることに感動を覚えていたところ、初心者向けの攻略指南ページに記載された『おすすめの装備』一覧に、手頃そうなものを見つけた。
手頃そうなもの……というか……『第一層までだと現実的に入手可能な防具はこれぐらいしかない』とか書いてあるんだが。
金を貯めて店売りの装備を買う……という手段は第二層以降が解放されて、ウルフ系以外の素材を入手できるようになってからでないと、相当量のマラソンを強いられるとか書いてあるんだが。
……いや、まあ、別に『角獣の神星骸』は攻略し終わったのだし、第二層に行けばいいのだが。
上の層に行けば行くだけ金奈や月文字に遭遇する可能性は―――打ち合わせも無しに顔を合わせるなんて、向こうがこちらを探してなければ天文学的数字だが、それでも―――上昇していくことを考えれば、可能なら避けたい。
不要なリスクは排除するべきだ。
「ハァ。殺すか……狼共……」
とりあえず今後の方針が定まったところで、再び上半身用の装備を解除して上裸へと戻る。
この星々が照らす大地で生きる彼らには悪いが……死んで貰うことにしよう。
許せ。
俺だって知り合いの女の子に乳首は見せたくないんだ。




