010-男は黙って上裸スタイル。
「い、いや、まだだ……防具の装備を解除すれば……!」
まあ、これだけ防具を固めれば動きはいくらか鈍るだろうな、とは考えていたし、別に軽快に動くつもりなどハナからさらさら無かったのだが……とはいえ、まさか少し歩こうとしただけでぶっ倒れるほどとは思っていなかったし、見た目通りにひとりで立ち上がれないことはないだろうと思っていたし、こんなことになるなら『装備重量過多』だのなんだの、動けなくなることを知らせる警告文ぐらい表記しろと思わざるを得ない。
得ないが、そんなことを考えたとて別に俺が装備している防具たちの重量が減るわけでもないので……俺は、なんとか胴体の下敷きになった腕を引き抜いてインベントリを操作し、身に付けている防具をとりあえず一旦頭以外全て取っ払った。
「ハァ……ハァ……やってくれるな、神ゲー……。だが、俺はこの程度では屈さん……!」
すれば、先程まではすんとも動かなかった体が急に軽快に動くようになり、俺はまるで金縛りから解放されたかのような安堵を覚えつつ……仰向けになり、とりあえず呼吸を整える。
……危ない、もう少しで歩こうとしただけで殺されるところだった。
しかし、まさに流石は神ゲーだな、といったところか……、歩こうとしただけのプレイヤーを殺す罠を張り巡らせるほどに作り込まれているとはな。
中々どうして、やるものだ。
「……下半身の装備が無いのは流石にまずいか」
息を整え終わったところで、俺は今、自身がフルフェイスの兜のみを被ったほぼ全裸の短パン野郎と化している事実に気付き、急いで『下半身』の防具を装備しなおした。
少なくともこれで、ほぼ全裸の短パン野郎から上裸のアイアンヘルム野郎になることは出来た。
出来たが……残る『上半身』と『腕』の防具も可能な限りは装備するべきだろう。
外見どうこうという話ではなく、防御力的な話で。
となると、当然ながら全てを装備すれば先程のように動けなくなるので―――。
「よりによって上裸か……」
―――全装備の中で最も重量が重いらしい『上半身』の防具を諦めることになり、結果、俺は頭と腕と下半身は防具で隠しているくせして、最も隠すべき胴体・胸部を大胆にも晒し……ているくせして、身を守る大盾を装備した、何がしたいのか全く分からないビキニアーマー女戦士めいた存在と化してしまった。
…………。
……。
まあ、あれだ。
『角獣の神星骸』を攻略し、【減重】の星痕を手に入れるまでの辛抱だ。
「……この姿で街に入るのか……」
思わずため息を吐きながら街への道を歩み始める……。
……『角獣の神星骸』を攻略する、というのがどれぐらい時間のかかるタスクなのか……それはゲームを始めたばかりの俺には全く分からない。
もしかしたら1時間もせずに突破出来ているかもしれないし、下手したら一週間ぐらい掛かるかもしれない。
そして、このタスクが完了するまで……俺はこのままの恰好でいることになるのだろう。
…………。
……。
一週間ぐらい掛かったら心が折れてこのゲームやめるかもしれん……。
「くっ……、やるな、神ゲー……!」
よもやこのような形で俺に恥辱を与え、心を折ろうとしてくるとは。
流石に想定の範囲外だったと言わざるを得ない。
「だが、俺を……葬儀屋を甘く見ないほうがいい。最初の神星骸程度、今日中に葬送ってやるとも―――」
神ゲーらしく、多角的な攻撃によりプレイヤーを追い詰めてくる『天骸のエストレア』へと、反骨精神を燃やしながら道を進み続けていると。
不意に、草むらの影からひとつの影が飛び出して来た。
どう考えても現実世界よりも遥かに明るい星の光に照らされたそれらは―――四足の獣、見るからにエネミー、呼称するならばモンスター。
『角獣の神星骸』に生息しているそれらしく、さながら鹿のような角を持った……オオカミのようなモンスターだった。
「ホーンウルフ、か」
なんともストレートなその名前―――ホーンウルフを注視したところ、彼のHPを表しているのであろうバーの上に表示された―――を読み上げながら、俺は背負っていた大盾と直剣を構える。
……確かに俺はこのゲームに関してはズブの素人であると言わざるを得ない。
なにせ、歩こうとしただけで死にかけたぐらいだ―――。
「いいだろう。相手をしてやる」
―――だが、VRゲームという括りに関しては……全くもって違う。
数々のマニアクスを葬送ってきたのだからな。
「来い」
俺のそんな自信は、きっと言葉の端にでも滲み出ていて、ホーンウルフはそれを嘲りと捉えたのだろう。
素早くも、直線的な動きでホーンウルフは俺の喉笛を噛み切らんと飛び掛かってくる。
だから俺はまず、ホーンウルフの突進に対し大盾を真正面から叩きつけた。
瞬間、左腕に確かな反動の感触が伝わり……それごと、押し返すように更に大盾を突き出す。
すれば、ホーンウルフが短い悲鳴を上げながら地面に転がり―――。
「易いな」
―――すかさず距離を詰め、今度は俺がその喉笛へと自らの剣を突き立てた。
態勢を崩したホーンウルフへのその一撃は、所謂クリティカル扱い……だったのだろう。
たった一撃によってホーンウルフのHPバーは全損し、その全身から赤黒い粒子をまき散らして霧散する。
ほんの10秒にも満たない戦闘時間……それが、俺のこのゲームにおける初めての戦闘だった。
「……本当に得るものが殆ど無い。確かに素材は手に入るが……有用性が分からない以上、戦闘を好む意味はないか」
戦闘内容としては上々だったように感じられたが、この戦闘のリザルトに関して俺はあまり良い顔をすることができなかった。
いくらモンスターを倒してもEXPは得られず、ただ単純にモンスターを倒し続けているだけでは強くなることが出来ない―――『天骸のエストレア』が発売した当初に大きく騒がれ、基本的にマニアクス以外にそれほど興味を持たない俺ですら聞いたことのあった、その前評判通り……ホーンウルフとの戦闘を得て、俺が得たものは恐ろしく少なかった。
なにせ、なにに使うのか分からない牙ぐらいである。
普通のゲームであれば、どのような戦闘であろうとも最低限EXPや金銭等が手に入るので、とりあえず倒せる敵は倒して損がないのだが……この様に、どう使うのか分からない謎の素材しか得られないのであれば、タイムパフォーマンスが良いとは言えない。
例え10秒にも満たなくても、だ。
なにせ俺は、とっとと『角獣の神星骸』を攻略してこの上裸状態から抜け出す必要があるのだからな……。




