第4話 勘違いとすれ違いの先に
私たち以外誰もいない教室で、私はあおいちゃんと机一個分の距離にいた。
『少しお話しようよ』と言われて椅子に座り直したのだが、私たちの間には少しの沈黙があった。
私はその沈黙と胸のドキドキを抑えられなくなり、目をぐるぐるとさせて口を開く。
「あおいちゃん。た、体調よくないんじゃないの?」
他の子の誘いを風邪で断ったことを思い出し、あおいちゃんの体調が悪化しないか心配する。
しかし、なぜかあおいちゃんは私の言葉に首を傾げた。それから、思い出したように『あっ』と声を漏らして小さく笑う。
「仮病だから問題ないかな」
「け、仮病?」
「そう、仮病……もう帰ったよね?」
あおいちゃんはそう言ってから、こそこそっと廊下の方を見にいく。それから、開けっ放しになっていた教室の扉を閉めて戻ってきた。
「廊下に誰もいなかったよ。さすがに、今の発言は聞かれたらいい気しないもんね」
あおいちゃんはそう言って安どのため息を吐いた。私はそんなあおいちゃんを見て目をぱちぱちとさせる。
「もしかして、さっきの子に嘘を?」
「嘘って言うと罪悪感が増しちゃうな。まぁ、実際そうなんだけどね。行きたくなかったのは本当だし」
あおいちゃんは髪を手でくるくるとさせて、つまらなそうな目を教室の扉の方に向ける。
私はクラスで初めて見たようなあおいちゃんの表情に少しの戸惑いを感じた。でも、その表情は微かに懐かしさを感じさせるものだった。
「い、意外」
「意外?」
私がぽろっと言葉を漏らすと、あおいちゃんが視線を私の方に戻した。私はおろおろしながら続ける。
「あおいちゃん、色んな友達と仲良くしてたから、嫌いな人とかいないのかと思った」
「いやいや! あの子のことも嫌いじゃないよ。ただ男子たちとカラオケって言うのが大変そうだなって思ってね」
「大変?」
私は言葉に引っ掛かりを覚えて首を傾げる。
すると、あおいちゃんは嫌なことを思い出したみたいに小さくため息を吐く。
「男の子がいるとさ、狙ってる子の隣を座りたい子とか出てくるから、色々考えないとなんだよね。それが面倒くさいからさ、クラス会とか以外で男子がいる会はあんまり行きたくないんだよね」
「な、なるほど。それは結構面倒くさいかも」
普通のコミュニケーションも取れないのに、そのうえで気遣いが必要になってくるなんて考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
まさか、コミュニケーションがそんなに奥深いものだったなんて考えたこともなかった。
あっ、考えていたら本当に頭が痛くなってきたかも。
私が頭を抱えていると、あおいちゃんが私の顔を覗き込んできた。
そして、あおいちゃんはいじらしいような表情を私に向ける。
「ていうか、私のことそんなにちゃんと見てたんだ」
「あ、あうっ」
私はあおいちゃんに可愛らしく顔を覗かれて、胸をきゅうっとさせて変な声を漏らした。
さらに、いつもあおいちゃんを見ていたことまでもが露呈してしまった。
どうしよう、気持ち悪がられるかもしれない。
私がなんて返そうか言葉を考えていると、あおいちゃんが少し不安げに眉を下げる。
「……ていうことはさ、私ってゆりちゃんに嫌われてるわけじゃないんだよね?」
「き、嫌い? 私があおいちゃんを?」
私がきょとんとしていると、あおいちゃんは悲しそうに笑った。
「うん。なんか避けられていたからさ、嫌われちゃったのかと思った。なんか気に障るようなことを無意識でしちゃったのかって考えたんだけど、分からなくてさ」
あおいちゃんはそう言って、困ったように頬を掻く。
私はあおいちゃんの言葉を聞いて、なんであおいちゃんがそんな誤解をしていたのか気づいた。
私はあおいちゃんを意識し過ぎて避けていた。だから、あおいちゃんに嫌われてしまうかもしれないと考えていた。
でも、それはあおいちゃんも同じだったんだ。むしろ、避けられている方が嫌われているのだと思う方が当然な気がする。
その誤解に気づいた瞬間、私は訂正しようと慌てて口を開いた。
「嫌ってなんかないよ! むしろ、逆だから!」
「逆? え、私のこと好きってこと? それなら、なんであんなに私のこと避けてたの?」
い、言ってしまったぁぁぁ!!
私は勢い余って本音が漏れてしまった恥ずかしさで、顔を両手で覆い隠す。
ぶわっと体が熱くなって、隠している顔から火でも噴き出そうな感覚だ。その熱に当てられて微かに瞳が潤んでゆく。
指のすき間からちらっとあおいちゃんを見ると、あおいちゃんは困惑しているみたいだった。
そこには、告白をされたような甘い雰囲気は漂ってはいなかった。
「それならもっと遊んだりしようよ! 昔みたいに仲良くしよ!」
あおいちゃんは前のめりになってそう言ってきたが、私はふるふると首を横に振る。指のすき間から見える眉を下げたあおいちゃんを見ながら、私はなんとか声を振り絞る。
「それは、できない」
「どうして?」
あおいちゃんの悲しげな表情を見て、私は口をきゅっと閉じてしまった。
指のすき間を埋めてあおいちゃんの顔を見えないようにしても、さっき見た悲し気な表情がずっと頭の中から消えない。
このままだと、またあおいちゃんを傷つけてしまう。
きっと、あおいちゃんは優しい子だから、私がここで理由もなく突き放したら、自分に非があると考えてしまう。
私の抱えている気持ちはバレたくないけど、それ以上にあおいちゃんを悲しませたくない。
ここで嘘の理由を言って誤魔化したとしても、きっとまたすぐにあおいちゃんを傷つけることになる。
そんなふうに、あおいちゃんを傷つけたまま別れてしまうことになるのなら、友達でいられなくなっても本当のことを伝えたい。
あおいちゃんを避けている原因は私にあって、私が悪いんだってことをちゃんと伝えたい。
そう強く思うと、顔を覆って隠していることが卑怯な気がしてきた。
私は勇気を出して手を下ろしてから、顔を上げてあおいちゃんをまっすぐに見つめる。
それから、私は拳を強く握って震えそうな体をぐっと抑え込んだ。
「わ、私、あおいちゃんのことずっと男の子だと思ってた」
「え? ああ、うん。入学式の日にそう言ってたね」
あおいちゃんは突拍子もない話かと思ったのか、顔をきょとんとさせた。私は心臓の音をバクバクさせながら続ける。
「私、男の子だと思っていたあおいちゃんのこと、好きだったんだと思う」
「好きって……私も好きだよ。ゆりちゃんのこと」
あおいちゃんはさらっと当たり前のようにそう言った。私はあまりにも意味が違う『好き』という言葉を聞いて首を横に振る。
「そうじゃなくて、男の子として、だと思う」
「男の子としてって……」
あおいちゃんはそこまで言って私の言葉の意味に気がついたのか、徐々に目を見開く。
私はそこから先のあおいちゃんの顔が見れなくなって、視線を逸らした。
「あ、あおいちゃんが女の子だってことは知ってる。べつに、私も女の子が好きっていう訳でもないんだよ? それなのに、今でも昔好きだった気持ちが抜けなくて、ていうか、昔なんかと比較にならないくらいに気持ちが強くなっちゃって……」
おかしくなったような心臓の音を聞きながら、私は胸元をきゅうっと強く握る。
何かを強く握っていないと、これ以上先の話ができなくなる気がして、制服がよれてシワができても構わず強く握り続けた。
苦しすぎる胸を押さえていると、抑えきれなくなった感情が涙になって頬を伝った。
私はみっともなく鼻をすすりながら続ける。
「そ、それで、あおいちゃんのことを意識しちゃって……本当はもっとお話ししたいのに、心臓の音がうるさくなって、この音が邪魔で……あおいちゃんと普通に話すことができないの、せっかく、一人しかいない友達に再会できたのに」
「ゆりちゃん……」
私を心配するようなあおいちゃんの声を聞いて、私はがたっと椅子から立ち上がって鞄を手に取ろうとする。
これ以上優しすぎる声を聞いたら、いよいよ泣き崩れてしまう気がした。
そんなふうに慌てていたせいか、涙で視界が歪んだせいか分からないが、中々上手く鞄を掴めないでいた。
「ご、ごめんね、気持ち悪いよね! えっと、だから、私が悪いの。あおいちゃんは悪くないってことを伝えたかった。そ、それだけだから!」
私はようやく鞄を掴んで、その場から逃げるように走りだそうとした。
「まって!」
しかし、そんな言葉と共にあおいちゃんは私の手首を掴んできた。
私は反射的に顔を上げてあおいちゃんを見る。
「あ、あおいちゃん?」
「気持ち悪いなんて言ってないし、思ってもないから!」
「……え?」
あおいちゃんは力強くそう言って、私をまっすぐに見つめてきた。
私を見つめてきたあおいちゃんの瞳は、ただの友達に向けるのとは違う微かに熱のこもったような瞳をしていた。
私はそんなあおいちゃんを見て、鞄を持っていた手の力が緩んでしまって、鞄を床に落としてしまった。
鞄が落ちて音を立てても、あおいちゃんはまっすぐに私を見つめ続ける。
「それよりも、私はゆりちゃんと話せなくなる方が嫌だから」
私がしばらく何も言えずにいると、あおいちゃんは私から視線を逸らして続ける。
「その、女の子同士で恋愛をするとか、そういうのはよく分からない。だから、付き合って欲しいとか言われたら……難しいかもしれないけど」
「あ、あおいちゃんと付き合うなんて恐れ多い! そこまでのことは私も考えてなくて、それで、えっと」
私は胸元を掴んでいた方の手をブンブンと横に振る。
さすがに、あおいちゃんと付き合いたいとか、恋人になりたいとか思ってはいない!
こんな可愛い子の恋人になるなんて、私には恐れ多すぎる。
すると、あおいちゃんが意外そうな顔をしてから、控えめに私を見る。
「そうなの? それならさ、一緒にいてもいいんじゃないかな? ゆりちゃんが良ければだけど」
「い、いいの? 私、あおいちゃんのこと、そのっ」
「いいの。それに、私も昔と比べれば女の子らしくなったし、今の私と一緒にいれば、私に抱いている感情も変わってくるかもしれないしね。女の子過ぎて冷めちゃうかもしれないよー」
あおいちゃんはそう言うと、おどけるように笑った。
好きな人と結ばれないのに一緒にいるのは残酷だ。
そんな考えもあるかもしれないけど、結ばれなくても一緒にいたいと思う私にとって、あおいちゃんの言葉はあまりにも優しすぎるものだった。
私は抑えきれなくなった涙を流しながら、ぐしぐしっと手の甲で涙を拭う。
「あっ、ありがとう……ありがとうね、あおいちゃんっ」
「ほら、もう泣かないの」
あおいちゃんは私の涙をハンカチで拭いて、私が泣き止むまで待ってくれた。
勝手に悩んで一人解決しようとして間違えて。
こんなことになるのなら、初めからあおいちゃんに話しておけばよかった。
誰にも相談できないと思っていたけど、私には再開したこんなに優しい親友が近くにいるのだから。
こうして、私たちは久しぶりにちゃんとした会話をすることができた。
そして、私たちは十数年ぶりに一緒に家まで帰ることになったのだった。
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