第3話 邪魔な恋心と、らしくない自分
高校に入学して一週間が経過した。
初めは、高校に入学しても一人ぼっちで高校生活を送ることになるのかとか不安があった。
しかし、私は唯一の友達である幼馴染のあおいちゃんと再会を果たし、高校でぼっちにならないで済むのだと一瞬心浮かれていた。
「それがどうしたらこんなことに……」
私は旧校舎の日陰になっている所で、空になった食べ終えた弁当の隅の方をつつく。
本当なら教室でご飯を食べたいけど、教室で食べられない理由があった。
「また、あおいちゃんからの誘い断っちゃったなぁ」
私はため息を漏らしてから、箸を片付けてお弁当の蓋を閉める。
あおいちゃんは毎日私をお昼に誘ってくれている。けれど、その度に私は適当な言い訳をして、あおいちゃんの誘いを断っていた。
理由は単純だ。あおいちゃんと昔のように話すことができなくなったからだ。
百合作品を色々と見ているうちに、あおいちゃんに対する気持ちが日に日に強くなっていく。
友達に向けるべきではない感情をあおいちゃんに向け始めている。
私はあおいちゃんに恋をしているのだと思う。でも、特別な関係になりたいと思っている訳ではない。
私はあおいちゃんと友達でいたい。ただ仲良くしたいだけだ。
それなのに、あおいちゃんを前にすると鼓動がうるさくなって、ろくに顔を見ることもできなくなる。
……邪魔だなぁ、この感情。
変に確かめようとするんじゃなかった。
私は今さら過ぎる後悔をしてから、スマホで時間を確認する。
もう少しここで時間潰さないとなぁ。
極力あおいちゃんと接する時間を少なくするために、私はお昼休みが終わるギリギリの時間まで旧校舎の隅で時間を潰すのだった。
「ゆりちゃん。どこ行ってたの?」
私が教室に戻って自分の席に着くと、私と同じタイミングであおいちゃんが前の席に戻ってきた。
私はあおいちゃんにまっすぐに見つめられて、思わず顔を逸らす。
「ちょ、ちょっと、野暮用を済ませに」
「野暮用って……あれ?」
あおいちゃんは何かに気づいたような声を漏らして、私の顔を覗き込んできた。
私が近づいた距離にドキマギしていると、あおいちゃんはそっと私の額に触れてきた。
その瞬間、ぶらっと体が熱くなるのを感じた。
温かく柔らかいあおいちゃんの手に触れられて、私は分かりやすく取り乱す。
「あ、ああ、あおいちゃん⁉」
「ゆりちゃん顔赤くない? 大丈夫?」
「だ、だいじょばないっ!」
「だいじょばない? もしかして、ゆりちゃん体調悪い?」
私が色々と誤魔化そうと顔をブンブンと横に振ると、ちょうど良いタイミングで学校のチャイムが鳴った。
あおいちゃんは先生が入ってきたのを見てから、『無理しちゃダメだよ』と言って前を向いた。
それから、私はあおいちゃんの後ろ姿を見つめながら、高まった心臓の音を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
それでも、さっき触れられた手の感触を思い出してしまい、授業が中盤に差し掛かるまで心臓の音は中々落ち着かなかった。
それから、私は一週間二週間とあおいちゃんを意識し過ぎて、あおいちゃんを避けるような日々を送っていた。
本当は話したいのに話すことができず、積もった話をすることもできない。
初めは私に色々と話しかけてくれていたあおいちゃんも、徐々に私に話しかけることが少なくなっていった。
そうなるのも当然だ。あからさまに避けられている相手に話しかけようと思うはずがない。
また学校でも独りぼっちになるのかな。
そんなことを考えていると、いつの間にかホームルームが終わっていた。辺りを見渡すと、結構な人たちがすでに帰っていた。
私は教室を出るのが最後にならないように、出遅れて席を立つ。
「春野さん、男子たちがカラオケ行こうってさ」
「えー、私はいいってばー」
すると、あおいちゃんのもとに一人のクラスメイトの女子がいた。
私はあおいちゃんが遊びに誘われるという見慣れた光景を見ながら、席を離れようとして、あおいちゃんと話しているクラスメイトの顔を見て、ぴたっと立ち止まった。
あれ? いつもあおいちゃんと仲良くしている人たちじゃない。
ちらっとあおいちゃんの顔を見ると、あおいちゃんは困ったように眉を下げていた。
「少しだけでいいからさ、ね?」
クラスメイトの女子は、あおいちゃんが困っていることに気づいていないのか、ぐいぐいっとあおいちゃんの腕を引く。
そのときのあおいちゃんの顔は、どこか既視感を覚えるものだった。
笑みを浮かべてはいるけど、本当は凄く困っている。
昔、あおいちゃんがお気に入りの髪留めを失くしたのに、私との待ち合わせを優先して公園に来たときの顔とすごく似ている。
昔のあおいちゃんの表情を思い出したとき、私は自然とあおいちゃんのワイシャツの袖を引っ張っていた。
「え、ゆりちゃん?」
「あおいちゃん、大丈夫?」
そして、私はいつか口にしたのと同じ言葉を口にしていた。
あおいちゃんは目を見開いて私を見てから、入学式の日に向けたような屈託のない笑みを私に向けた。
すると、私たちのやり取りを見ていたクラスメイトの女子が戸惑い気味に聞いてくる。
「えーっと、冬野さんだっけ? 春野さんに何か用事だったり?」
「よ、用事というか、なんというか……」
私は突然話しかけられてあわあわとしてしまう。
どうしよう。体が反射しちゃっただけで、この後になんて言葉を続ければいいのかとか何も考えてない!
私が必死に言葉にもなっていない言葉を発していると、あおいちゃんがくすっと笑ってからクラスメイトの女子を見た。
「ごめんね、今日はやめておく。風邪うつしたりしたら悪いしね」
「え? 春野さん体調悪かったの?」
「うん。少しだけね。朝にそのことをゆりちゃんに話したから、気にしてくれたんだと思う」
「あー、そういうことだったの。分かった。それじゃあ、お大事にね」
クラスメイトの女子はそう言うと、手を振ってあおいちゃんの席から離れていった。
あおいちゃん、体調が悪かったの?
私が視線をあおいちゃんに戻すと、あおいちゃんは悪巧みをするときみたいな笑みを浮かべた。
「やっと話しかけてくれたね」
「えっと、いや、そんなことも、ないのかも?」
「そんなこともあるよ。高校に入ってから、ゆりちゃんから話しかけてくれたの初めてだもん」
あおいちゃんは嬉しそうにそう言ってから、辺りを見渡した。
釣られるように私も辺りを見渡すと、私たち以外の人たちが教室からいなくなっていた。
視線をあおいちゃんに戻すと、あおいちゃんは私を見つめていた。
「ねぇ、少しお話しようよ」
「お、お話?」
「そう。お話」
あおいちゃんは意味ありげにそう言って、椅子に座り直した。
あおいちゃんがあまりにも自然に座り直したので、気がついた時には私も倣うように椅子に座っていた。
机一個分の距離を意識して、鼓動が大きくなるのを感じながら。
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