第10話 百合が散って、葵の蕾が膨らむ
「おー、ゆりちゃん似合ってるよ!」
「ほ、ほんと?」
それから、体力の回復した私はあおいちゃんに案内してもらいながら服や雑貨なんかを見て回った。
あまり手持ちが多くないので安いお店を中心に回り、今はあおいちゃんに選んでもらった服を試着していた。
更衣室の鏡の方に振り替えると、桃色のロングのプリーツスカートと、フリル付きのトップスを着ている私がいた。
朝着てきた服とは、質感も服のラインもまるで違う。
こうしてちゃんとした服を着ると、朝着てきた服が恥ずかしくてもう着れなくなってしまう。
「ゆりちゃん脚綺麗なんだから、脚出した方がいいと思うんだけどなぁ」
「い、いや、さすがに制服以外で足を出すのは抵抗があって、それに綺麗じゃないし」
私はあおいちゃんの方に振り向きながら、手を横にブンブンと振る。
どう考えてもあおいちゃんの方が綺麗だ。
私はあおいちゃんの太ももをちらっと見てから、慌てて目を逸らした。
さすがに、心臓の音をうるさくさせながら脚を見るのは、同性といえどもいいはずがない。
私はそんなことを考えてから、もう一度ちらっと鏡の方を振り向いた。
この服装なら、あおいちゃんの隣を歩いても問題ないよね?
……少なくとも、今日着てきた服よりは絶対にいいはずだ。
「えっと、せっかくだから、この服着て帰ろうかな」
「おー、いいね! 実は、この値段で買えるのはかなりお得なんじゃないかなって思ってたんだよね! じゃあ、店員さん呼んでくるね!」
あおいちゃんは笑顔でそう言ってから、店員さんを呼びにいってくれた。
それから、私はタグを切ってもらってお会計を済ませて、紙袋に着てきた服をしまってもらった。
店を出ると、あおいちゃんが私の上から下までを見てから、大きく頷いた。
「うん。そっちの方が可愛いよ、ゆりちゃん」
「あ、ありがと」
私はお世辞だと分かっていながら、あおいちゃんの言葉に喜びを隠せずにいた。
それから、私はあおいちゃんの隣を歩いて、いくつかのお店を見てウインドウショッピングを楽しんだ。
俗にいう女子高生の休日を楽しむことはできたと思う。
でも、いつの間にか放置していた胸のどきどきは、どれだけ無視をしてもずっと私に付きまとってきていた。
トイレにいったあおいちゃんを一人で待っている間、私は手持ち無沙汰を覚えて辺りを見渡していた。
すると、ショッピングモールというだけあって、カップルや女友達同士で買い物を楽しむ人たちが多くいた。
気がつくと、私はその人たちをじっと見つめていた。
私って、あおいちゃんとどうなりたいんだろうか?
手を繋いでイチャイチャしているカップルを見て、一瞬その二人を私とあおいちゃんに置き換えてみる。
な、何やってんだ私は。
頭を横に激しくブンブンと振って考えていたことをかき消すが、一瞬大きくなった心臓の音は誤魔化せないでいた。
私は大きくため息を吐いて、両手で頭を抱えて髪をくしゃっとさせる。
もちろん、あおいちゃんと付き合いたいだなんて恐れ多いことは思っていない。
あおいちゃんは私なんかにはもったいなさすぎるし、女の子同士だし、きっと付き合うなんてことは無理だ。
あれ? ということは……
「これが恋だとしても、失恋するしかないのでは?」
私はうるさい胸元を押さえながら、ぼそっとそんな独り言を漏らした。
このドキドキが百合アニメを観たせいなのかどうか今は分からない。それでも、分かったところでどうなるのだろうか?
むしろ、分かってしまう方が残酷な未来が待っているのではないだろうか。
そんなことを考えていると、あおいちゃんがトイレからこちらに戻ってきた。
私は慌ててさっきまで考えていたことを忘れようと頭を横に振る。
しかし、あおいちゃんが近づいてきても、さっきまで考えていたことが頭から離れない。
「ゆりちゃーん! ごめんね、待った?」
「い、いや、全然大丈夫」
私はベンチから立ち上がって、平然としている様に立ち振る舞う。
さすがに、初めてのお出かけをした最中に、急にへこみだすことなんてできない。
私がそう考えていると、不意にあおいちゃんが私の髪に触れてきた。
「え、あ、あおいちゃん?」
「ゆりちゃん、髪乱れてるよ。なんかクシュッてしてる」
あおいちゃんはそう言って、私の髪を優しく撫でるようにして髪を直してくれた。
近い距離で仄かに香る甘い香りと、優しくて暖かいあおいちゃんの手に撫でられて、胸がトクンッと跳ねたのを感じた。
「あっ」
その瞬間、私はこの胸のときめきが百合アニメを観た影響によるものではないことを確信した。
私は、純粋にあおいちゃんに恋をしているんだ。
ずっとそうかもしれないと思っていたけど、こうして触れられてそれが確信に変わってしまった。
分かりたくなかった、分からないフリをしていた事実に気づかされてしまった。
そして、この気持ちを恋だと認めてしまうと、残された道は一つしかなくなる。
どうしようもない恋は諦めなければならない。つまり、あおいちゃんに対する感情が恋心だと確信を持った瞬間、私は失恋をしたことになる。
「呆気ない……」
「ゆりちゃん?」
私はあまりにも自覚がない失恋というモノに対して、そんな言葉を呟いた。
告白が失敗したわけでもなく、ちゃんとした告白もしていない。誰かと付き合っていることを知ったわけでもない。
それなのに、この恋は諦めなくちゃならないものだった。
私は私の髪から手を離したあおいちゃんの顔も見ず、小さく首を横に振る。
「ううん、なんでもない」
「そう?」
それから、あおいちゃんは他のお店も見に行こうと言って、歩き出した。
私も何事もなかったかのように、あおいちゃんの少し後ろを歩き出す。
それから、エスカレーターで下のフロアに向かっている最中、私はあおいちゃんの後ろで自分の気持ちを整理する。
しかし、失恋をしたという実感もなく、失恋をしたという経験がない私にとって、エスカレーターが下に着くまでの間に気持ちの整理を済ませることなんかできるはずがなかった。
いまいち何が起きたのかも分かっていない。
それなのに、鼻の奥の方が徐々に熱くなっていくのを感じた。
だからだろうか、エスカレーターの終わりに気づけず、私は躓きそうになった。
「ゆりちゃん、今度はどこにーーゆりちゃん!」
そのまま転びそうになると、振り向いたあおいちゃんが私のことを受け止めてくれた。
ちょうど抱きしめられるような体勢になり、心臓の音がまたうるさくなる。
……こんなときに、なんでうるさくなるかなぁ。
「ゆりちゃん、大丈夫? ちょっと休憩する?」
あおいちゃんの声があおいちゃんの体越しに響いてくる。
その響きを感じて、あおいちゃんと体が密着していることを再確認した。
その感覚と柔らかい優しさをもっと感じたい。
そんなことを考えてしまったせいか、私はあおいちゃんの背中に手を回して、あおいちゃんを抱きしめ返していた。
「ゆ、ゆりちゃん?」
「ご、ごめんね。もう少しだけ、このまま」
私はそう言って、あおいちゃんの背中に回した腕の力を強める。
私の張り裂けそうなほど大きな胸の音も、あおいちゃんに対する一方通行な恋愛感情も届くことはない。届けたら友達でもいられなくなってしまう。
それなら、せめてこの一瞬だけ。
私は思いのたけをぶつけるように、もう少しだけ強くあおいちゃんを抱きしめた。
告白の言葉を口にする代わりに、悔いが残らないように。
時間にして数秒のハグを済ませてから、私はぐっとあおいちゃんから体を離した。
告白もしてないのに、失恋をしたことも受け入れられていないはずなのに、なぜか気持ちがすっきりとしていた。
鼻の奥の方がツンと熱くなっていたはずなのに、その熱も今は感じない。
これで終わったのだと、私の中でケリがついたのかもしれない。
「ご、ごめん。少しだけフラッときちゃって」
私は誤魔化すようにそう言って、きちんと自分の足で立つ。
それから、私は心の中で強く誓った。
私はこれから親友としてあおいちゃんの隣に立てるように、色々頑張ってみようと思う。
あおいちゃんの優しさに寄り添ってもらうだけじゃなくて、一緒に並んで立てるように。
多分、こんなふうに思うことができたのも、あおいちゃんが色々と私に教えてくれたからだと思う。
きちんとお礼を言わないと。
「あおいちゃん?」
「へ?」
私が顔を上げてあおいちゃんを見ると、なぜかあおいちゃんは耳を真っ赤にさせて私のことを見ていた。
それから、私とパチッと目が合うと、すぐに視線を逸らした。
「な、なんでもないよ! なんでもない!」
あおいちゃんはそう言って、ブンブンと勢いよく手を横に振った。
あれ? なんかいつもと様子がちがう?
その後、一緒にウインドウショッピングの続きをしたのだが、あおいちゃんはなんだか上の空だった。
時折熱っぽい視線を向られていたような気がしたのは、まだ私があおいちゃんのことをそう言う目で見てしまっているからなのだろう。
……どうやら、もう少しだけ心の整理には時間が必要みたいだ。
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