22ーたとえ番への愛を捨てても
廊下で。
嫌味な妹姫が立っているのが見える。
「貴女、飲んだのね?わたくしにも寄越しなさい」
「いいえ、法律に触れますのでご容赦を」
「……は?」
「忘却薬」の流通自体禁じられているのだが、エリーナ姫は歯を剝きだして威嚇している。
しかも、この話には続きがあった。
「王族は忘却薬を飲んではいけない決まりがありますから。飲んだら死罪です」
「何それ……知らない」
知らないのは勉強を怠っているからだ。
リリアーデも人の事を言えた義理ではないのだが、それ位は知っている。
ただそれは古の法であり、実際は死刑になるわけではなく王族としての権利を全て失って放逐されるという事だろうが、前例はほとんどない。
呆然とするエリーナ姫は、番を失った竜人族、中でも王族は死ぬ可能性が高いことも知らないのかもしれない。
魔力が高ければ高いほど、自制心が揺らぐほどの狂気となる。
どちらにしろ死が待っているのなら、きっとエリーナ姫も薬を飲むだろう。
だが、エリーナ姫が口にしたのは別の事だった。
「お兄様も、これから苦しむのね。……いい気味」
「………え?……実の兄でしょう?何故そんなに邪魔をするのですか?」
仲睦まじい兄弟ばかりとはいえないと知っているが、少し異常だ。
リリアーデは眉を顰めた。
「だって、顔を殴ったんだもの。わたくしがまだ八歳の頃よ。歯も折れたわ。だからよ」
それだけを聞けば確かに酷い。
だが、意味もなくエリンギルが暴力を振るうとは思えなかった。
「……何をしたの?何かしなければ殴られたりしないでしょ」
「エデュラが旅に出てお兄様が暴れ始めた頃に、エデュラがいなくなって清々したでしょって、言っただけよ」
まるで自分は悪くない、とでも言いたげだ。
飢えた猛獣の檻に自ら入っておいて。
「自業自得の逆恨みじゃない。くだらないこと」
「何ですって?貴女、生意気なのよ。偽物の癖に」
偽物。
そんなのは分かっている。
今日思い知ったのだから。
「殿下と乗り越えて見せるわ。貴女は無理でしょうけど。そりゃあそうよね。貴女を妻に迎えたいなんて人はどこにもいないもの。お生憎様」
キッとエリーナ姫が睨むが、リリアーデは笑顔でさっさとその前を通り過ぎた。
会場に戻って、もうリーヴェルトへの愛が消えたと確認できれば、また前の様にエリンギルを愛せる。
たとえ、エリンギルがエデュラを求めても無理なのだ。
手の届かない人を思い続けても、傍にはいない。
永遠に手に入らない人を思い続ける姿を見続ける方がまだ良い。
それは絶対に叶わないのだから。
エデュラを愛おし気に見つめるリーヴェルトを見たあの時の張り裂けそうな気持ちよりは、遥かにマシだ。
エリーナがずっと邪魔にしていたエデュラ。
私もずっと邪魔に思っていたエデュラ。
きっとそれは、私達から何もかも奪っていくからよ。
リリアーデが会場に戻ったのは、丁度三曲目を二人が踊り終えた時だった。
割れんばかりの熱狂的な拍手が会場を揺らす。
その中心で、二人は幸せそうに見つめ合っていた。
ズキリ。
胸が痛むのは、番だとわかったばかりだからかしら?
それとも、魔力の量が多いせい?
あの黄金の眼が、蔑みを込めてだとしても自分に注がれるだけで浮足立ちそうになる。
でも、先ほどまでの洪水の様に押し流される感覚ではない。
落ち着いて深呼吸をして、リリアーデはエリンギルの隣の席へと戻った。
何時ものように、膝に置いた手の甲の上に手を重ねるが、置いた瞬間に振り払われる。
エリンギルは食い入るようにエデュラを目で追っていて、意識してやったわけではない。
それでも、心は痛かった。
作中ではあまり触れてませんが、リリアーデとエリーナは仲が悪いです。
顔を合わせると喧嘩ばかりの二人。
読んでくださり、ありがとうございます。
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少しでも、楽しんで頂けたら嬉しいです。




