茶々視点外伝 茶々視点・⑦⑦話・宴席
居室で着替えをしていると、桜子が盆を携えて入ってきた。
握りむすびと大根の漬物、そして具はないが出汁の利いた味噌汁――湯気の向こうに、鯛の香りがふわりと立つ。
「宴席ではお料理にお手をお付けになられぬやもしれませぬので、先にご用意いたしました。むすびは鯛の炊き込みでございます」
「桜子、気遣い、ありがとう」
炊き込みの握りむすびを一口。米がほろりとほぐれ、鯛の旨味と程よい塩梅が舌に広がる。
「流石ですね、桜子」
「前田様と佐々様が、婚礼の祝いにと上等の鯛を大量にお届けくださいましたゆえ、ふんだんに使えましてございます」
「前田利家殿と佐々成政殿……なるほど」
「骨はよき出汁となりましたので、汁にも使いました。宴席でも振る舞うようにと御主人様がお命じに。まずは茶々様が召し上がりやすいよう、こちらへと」
「料理で人を喜ばす――黒坂家らしい振る舞いね。私もいずれ台所の味を覚えなくては。桜子、黒坂家の味を教えてちょうだい」
桜子は深々と頭を下げる。
「いえ、台所預かりは私ども三姉妹の役目にございます。茶々様は御主人様の政の手助けに専念なさってくださいませ」
私はその手をそっと取って微笑む。
「適材適所――真琴様がよく仰る言葉ね。料理のことはあなた方に任せましょう」
「御方様に正式にお許しいただけて、身に余る幸せにございます」
「ははは……『御方様』とは仰々しいわ。けれど――わかりました。黒坂家の“かかさま”を務める身として、ここに正式に命じます。黒坂家料理番頭は、あなたたち三姉妹。真琴様の『医食同源』の考えを形にし、いつまでも健やかであれるよう励みなさい」
「はっ」
桜子が下がり、用意の握りむすびを平らげる。温かな出汁で口を整えたところで、宴席への呼びがかかった。
大広間では、すでに家臣衆が集い、酒を酌み交わし、囃しに合わせて祝いの舞がかかる。
盃が鳴り、笑いが弾け、灯の揺らぎが金屏風に走る。
真琴様は上座に端正に座し、にこにことその騒ぎを眺めておられた。
やがて、門番を務めていた者が森力丸に耳打ちする。
森力丸はすぐ真琴様の傍へ。
「最上殿の御使者?」
真琴様が小声で確かめ、森力丸がうなずく。
「はっ。祝いの品を携えて参っております」
「せっかくだ。お通しせよ。――ああ、少しだけ踊りを止めて」
指示が飛び、囃しがすっと落ち着く。ほどなくして最上家の使者が進み出て、畏まって頭を垂れた。
「本日のご婚儀、誠におめでとうございます。主・最上義光に代わりまして、祝いの品をお納めいたします」
「これはご丁寧に、ありがとうございます」
白州へ運び込まれた最上家の家紋入りの長持の蓋が開かれる。
中には見事な干し鮭が山のように詰められていた。脂の照りが灯りを弾く。
「華美な贈り物をお嫌いと聞き及びます。ゆえに、最上の者が丹精込めた干し鮭を。鮭は多くの子を産みますれば、子孫繁栄の願いを込めております」
「ははは……子孫繁栄、なるほど。最上殿には、殿は喜んでおられたとお伝えくだされ」
真琴様に代わって前田慶次が応じ、使者に大盃を差し出した。
「今宵はめでたい席だ。ぜひ飲んでいかれよ」
「慶次、その盃は大き過ぎるって」
真琴様が苦笑まじりに制すれど、使者は嬉々として膝を進める。
「それがし、酒は大の好物にて。ぜひとも」
なみなみと注がれた澄み酒。使者はぐびぐびと音を立て、一息に飲み干す。
「良い飲みっぷりだねぇ」
慶次が豪快に肩を叩くと、使者は顔を紅潮させながら礼を述べた。
「良き酒、まことに。これ以上はお邪魔でしょう。失礼仕ります」
「最上殿には、“常陸は喜んでいた”と伝えてください」
真琴様の言葉に深く頭を下げ、使者は退室。――その後もしばし、同じやり取りが続いた。
伊達家、上杉家。
かつて真琴様が持て成した家々や、織田家の諸家からの使者、さらには徳川家の使者まで。
入れ替わり立ち替わり祝いを述べ、慶次は例の大盃で応じる。
「慶次、無理をさせるなって」
「殿、今宵の酒は、近ごろ評判の澄み酒。これを大盤振る舞いする黒坂家の婚礼――使者どもは帰って主に、『黒坂家の財力は計り知れず』と吹聴いたしましょう」
なるほど、と私は内心頷く。酒一つで、家の度量を示す。慶次の策である。
「やたら高い酒を今井屋に頼んでいたのは、そういうことか……流石、慶次。酒のことは慶次だな」
――変なことを口走らないの、と心中で窘めつつ真琴様の顔を見ると、ほんのり赤い。
普段はあまり召し上がらぬ酒が、今夜は少し回っているらしい。
盃の縁に映る灯の揺れが、あの人の笑みをやさしく揺らしていた。




