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茶々視点外伝 茶々視点・⑦①話・パネル工法

 真琴様は「大津城という名が、どうにも……」と、誰にも届かぬほど低くつぶやきながら図面の端を指で叩いておられた。


冬の気が張りつめる天守の上階。未だ壁板ははられず、柱と梁の骨組みが空を切り取っている。木の匂いと、鉋屑の甘い香り。釘箱の鉄の匂いが混じって、冷えた空気の中に細く漂う。


「城の完成は、どのくらいの見込み?」


と真琴様。


「一年ほどを予定しております。坂本城の材を使い回しておりますゆえ、比較的早う仕上がりましょう」


蒲生氏郷が答える。


「……しかし、現場で削って合わせているから、無駄が多いかな」


 氏郷殿が眉を動かした。


「と、申されますと?」


 この問を待っていたように、柳生宗矩が音もなく一歩進み、懐紙と筆を構えた。


真琴様は図面を上から覗き込み、梁と梁のあいだに想像の線を描くように、指先でそっと空をなぞる。


「“パネル工法”っていってね。一面の壁を、定めた寸法で工房でまとめて作っておく。現場では組み立てるだけにすれば、流れ作業で次々に出来る」


 宗矩の筆が刷と走る。氏郷殿は短く唸り、すぐ頷かれた。


「なるほど。羽柴殿の墨俣築城の趣向にも通ずるやもしれませぬが、より洗練されておりますな。工房で専門の大工衆に型を用いさせれば、足軽長屋など早々に建ち、守りも固められましょう」


 床梁を打つ鎚の遠音が、微かな地鳴りのように足裏へ伝わる。


私は冷えた手を袖に包み込みながら、真琴様の横顔を盗み見る。


言葉はやわらかいのに、指示は澄み切っていて無駄がない。――この方の「合理」は、私の胸に火を灯す。


「壁は規格を揃えて。窓の寸法も決める。工房では型板を作って、それで“同じもの”を何枚も抜く。現場では込栓とかすがいを用いてはめるだけ。筋交いは×で、要に楔を――」


 宗矩がすぐさま「要、楔強め」と横書きを添える。


氏郷殿が口元を崩された。


「常陸様、屋根は?」


「御殿は檜皮ではなく銅板。火に強いほうがいい。台所の壁は漆喰で。火袋の上は板を焼いて炭化させ、延焼を遅らせる」


 大工頭らしき男が思わず声を漏らす。


「炭化……なるほど、焼板で雨にも強うござる」


 氏郷殿が振り返って手短に指示を飛ばす。人足の影が廊の先で動き、帳面に墨が落ちる音がつづいた。


吹きこむ風が図面の端をふわり持ち上げる。

私は指でそっと押さえた。

紙の下には、これから起こす“城の体温”が眠っている気がする。


規格、型板、流れ作業――聞き慣れぬ言葉の連なりが、しかし不思議と私には「生きる仕組み」の歌に聞こえた。


「それから」と真琴様は、少し声を落として続けられた。


「作業棟を一つ、仮にでもいいから城下近くに。光が入るよう高窓を設ける。材の乾き場は南面、雨避けの庇を長く。……あ、報告・連絡・相談――“ほうれんそう”も家中の法度に。誰がどこまで終えたか、必ず記す」


 宗矩が小さく笑って「法度候補、ほうれんそう」と記す。

氏郷殿はその言い回しを楽しむように繰り返し、


「ほうれんそう、心得ました」


と真顔で頷かれた。


「殿、名称はどうされましょう」


と、控えの者が問うた。

 

真琴様は一瞬だけ視線を泳がせ、言葉を呑み込む。

私はその横顔に、かすかな逡巡を見た。名はかたちであり、命の芯でもある。


――けれど今日は、進めるべき骨と血の話が先だ。


「名は……また改めて」


とだけ答え、真琴様は図面に戻られた。


「足軽長屋も芋づるを仕込む。流石に畳は足軽長屋までは使えないだろうけど、仕切り、目隠しのゴザを干した芋づるで作れば各家の貯えになる。庭の生け垣は梅・桃・柿、そして五加木うこぎ。飢えを遅らせる備えも、城の意地の一つだから」


 私は胸の内でうなずく。戦に勝つだけでは足りぬ。生き延びる術を、あらかじめ城に編み込まねばならぬのだ。氏郷殿が「籠城は負け戦と言われますが、水運で結ばれるならば援軍の理は変わりましょう」と言い、真琴様は目を細めて「そう」と短く笑われた。


 遠く、湖面の光が揺れる。


骨だけの天守の隙間から差す白い陽が、図面の上を薄く滑っていった。


新しいやり方は、人の手を迷わせる。だが、迷いを越えた先に、ことわりで組み上げられた強さがある。――私は袖口をきゅっと握る。


 この城はきっと、ただの城では終わらぬ。人が住み、人が働き、人が助け合う“仕組み”そのものとなる。真琴様の言葉は、城を箱から、営みへと変えてゆくのだ。

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