茶々視点外伝 茶々視点・②⑨話・茶々と茶道
本日は、居宅にて茶の指南を受くる日なり。
お初たちは相変わらず黒坂家の屋敷へ。私は母屋の一間で、千宗易が湯を沸かし、静々と道具を繰り出すさまを見取り稽古する。
置かれるは、一級の品々。茶杓が筒より抜かれると、それは竹の削り出し――しかし妙に艶めき、光を吸っては返す。思わず目が吸い寄せられるのを宗易が見て取り、微笑した。
「大した品やおまへん。それがしが自ら削ったものでっせ」
「けれど、何十年も手に馴染ませたような輝きに見えます」
「ははは。せいぜい二、三年のものどす。よう切り出せたさかい使い勝手がよくてな、日々、手入れを欠かさねば、竹でもこう艶を帯びます」
「ただの竹でも、手入れ次第で一品に……」
「何事も“手入れ”次第どす。この唐茶碗も、疎かに扱えばひび入り、朽ちますわ」
淡い桃の気配を湛えた唐茶碗が私の前に据えられる。手に取れば、曇りひとつ無い。返すと宗易が穏やかに言った。
「およそ四百年前の焼き。然れど、受け継いだ者らがよく手入れした。美を保ち続けた“履歴”こそが価値どす」
「――歴史が、価値……」
「人もおなじ。何を以て磨き、誰に用いられるかで、光りが違う。上様はそれがよう分かってはる。いまは黒坂常陸様を“一級”に仕立てんとしておいでや」
「黒坂様を?」
「磨けば曜変天目にも勝る器量。されど、誰も手入れせねば、ただの飯椀以下にもなりましょう」
「手入れする者は伯父上様、ということですか」
「上様は“使いこなす”お方どす。そのための磨き手を、常陸様のもとへ幾人も遣わしておいでや。お市様もまた、その一人。分かったうえで気を配っておられる」
「母上様は何も仰いませんが?」
「磨く相手が“人”なら喋ります。『我は一級の品に仕立てられておる』と知れば、驕りも生まれましょう。ゆえに、言わぬが花ということもおます」
宗易は言いながら、先の桃色の茶碗を湯で静かにすすぎ、茶筅を回す。点てられた薄茶の緑と桃色の釉が、春の気を呼び込む。
一椀をいただけば、入っているはずのない“桃”の香りが、かすかに舌の奥でほどけた。
「……春の気配を、感じました」
懐紙で口縁を軽く拭い、返す。
「まもなく春どす。上様も安土へ戻られましょう。――その折、常陸様をどう“用いられる”か、楽しみでおます」
「伯父上様に使われ続ければ、器も割れてしまいます」
「はは。ならば茶々様が“手入れ”をなさったらよろし。割れぬよう、過ぎたる熱も冷まし、艶は落とさず、驕りは磨き落とす。――茶道も政も、人のあつかいはおなじことで」
返す言葉を探すうち、宗易はすでに片づけに移り、ひとつずつ、来た順に戻してゆく。
道具は静まり、湯のたぎりだけが、なお春を待つ音を立てていた。




