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茶々視点外伝 茶々視点・①⑥話・突撃黒坂邸

今井宗久に頼んだ火縄銃は、数日のうちに届いた。


黒坂家の家紋――抱き沢瀉だきおもだかを彫金であしらった新作の一挺。床の間に据えれば座敷の格がひとつ上がる、端正な出来映えである。


「お初、お江。明日、黒坂様の屋敷へ参りますよ」


そう告げると、二人の顔に花が咲いた。とりわけお江は跳ねるように喜び、隣のお初は一度むすっと顔を戻してから、ふいっと横を向き、


「べ、別に……姉上様とお江が行くなら、行ってあげないなんて言ってないんだからね」


と、妙にひねくれた言い回しで照れ隠しをした。


母上様が気を利かせ、侍女たちに紅白の餅を用意させていた。


翌朝――三人そろって出立しようとした時、餅がまだ重箱に収められておらず、台所は小騒ぎである。


「そんなに慌てなくともよいのですよ」


私が侍女たちを落ち着かせているあいだに、お江は身なりを整えるや否や、つつつっと玄関へ駆け出してしまった。


「お初、お江を追いなさい」


同じく支度の整っていたお初に命じると、お初は短刀を帯に差して慌てて後を追う。続いて警護の者たちも駆け出した。


黒坂邸は安土城の城内にある。命の危険を案ずることは少ないが、道に迷ったお江が見知らぬ屋敷へ飛び込むほうが心配だ。


私は火縄銃を紫の風呂敷で包み、侍女に預ける。ちょうど紅白の餅も重箱へ収まり、遅れて黒坂邸へ向かった。


門前には、先に付いた護衛が控えている。


「お二人は中にてお待ちにございます、茶々様」


「そう。ご苦労」


私も屋敷へ入ると、奥庭のほうから賑やかな声。そちらへ向かうと、縁台に腰掛けて茶をいただくお初の姿。廊下側には見慣れぬ侍女ふたりが膝をそろえ、頭を低くして控えていた。


肝心のお江は――黒坂様にしがみつき、すでに遊び相手を見つけたらしい。


そこへ、私と年の変わらぬほどの娘が湯気の立つ茶と菓子を運んでくる。


「御主人様、熱いお茶を入れ直して参りました。それと姫様にお菓子を」


「おっ、桜子、気が利く。ありがとう」


黒坂様は親しげに声を掛ける。私が柱の陰から様子をうかがっていると、その桜子とやら、足を取られて黒坂様の前へよろめき倒れかけた。


「だいじょうぶか、桜子。慌てておるのか?」


黒坂様がさっと手を差し伸べ、支える。


「は、はい……まさか上様の姪御様がこの屋敷においでなるとは存じませず……まさか御主人様とその様に親密なご関係などと思っておらず・・・・・・」


「ちょっと、それはどういう意味かしら?」


お初が素早く問いただすと、桜子ははっとしてお初のほうに向き直り、畳に手を突いて深く頭を下げた。


「申し訳ございません。こ、これほど高貴なお方が直々にお越しとは露ほども……不躾、平にお許しを……」


「お初、桜子は驚いているだけ。責めないであげてよ。俺なんてただの食客だよ?まさか信長様縁の姫が来るなんて思っていなかっただけなんだからさ」


「別に責めてはいませんけど……なによ、城を出て寂しくしているかと思えば、若い侍女を三人もそばに置いて。――いやらしい」


「いやらしいことなど、何ひとつしてないから! 誤解するな!」


――いやらしいこと? まさか、抱いたのでは――。


胸の奥で、鋭い針がひと刺しする。自分でも訳のわからぬ衝動に、私は手にしていた風呂敷包みを思わず庭へ放ってしまった。包みはころりと転がり、火縄銃の台木が陽にきらりと覗く。


「うわっ、茶々、待て! 撃つな、まだ撃つな!」


黒坂様の慌てふためく声。私ははっと我に返り、咳払いひとつ。


「――撃ちません。撃ちませんけれど……その“侍女三人”のいきさつ、あとでゆっくり、聞かせていただけますわね?」


縁台の影で、お初が小さく拳を握りしめていたのを、私は見なかったことにした。

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