⑥④話 お市の方様
【時系列・原作書籍⑤巻付近】
二日酔いで予定より一泊多く泊まる雄琴温泉。
しかし、そのおかげで久々にゆっくり過ごし、宿を出る。
「殿、安土まで船を手配いたしました。こちらへ」
片倉小十郎景綱の案内のまま港に向かうと、立派な安宅船が着岸したところだった。
「誰の船ぞ?」
「殿、織田信長公の妹君、お市の方様の船」
「・・・・・・黒坂常陸様の義母のあの?」
「はっ、くれぐれも失礼なきよう」
「言われなくてもわかっているわ」
桟橋に着岸した船から下りてくる美しい女性に視線を取られてしまった。
「あら、あなた、確か伊達様ですよね?」
小走りに走り寄ってくる女性。
「はっ、奥州探題・伊達藤次郎政宗にございます」
身なりから明らかにお市の方様。
その女性が走り寄ってきたので、片膝を付いて挨拶をする。
「あら~いいのよ。そんなかしこまって挨拶しなくて」
「そうはいきません」
「ふふふふふっ、しかし、婿殿が家臣にしたいと名を出された一番の人物の人物にこの様な所で会うとはね。ここにいると言うことはお帰り?」
「はっ、安土に寄り帰国しようかと」
「そう、近江は楽しめましたか?」
「はっ、とても良い湯に入れてゆっくり休ませていただきました」
「それはよかったわ。婿殿が温泉大好きでね、この地は兄に無理を言って化粧料としていただいた地なのよ」
「そうでございましたか」
「この温泉、婿殿が上洛したらいつでも気兼ねなく入ってもらえるようにね」
「母心で?」
つい聞いてしまった。
「そうね、母心。婿殿の母上様はここにはいらっしゃらないので私が母として婿殿を守ってあげなくては・・・・・・余計なことを話してしまいましたね。引き留めて申し訳ありませんでした」
母上様はここにはいらっしゃらないので?不思議な言い回しを詮索したかったが、頭をよぎる『黒坂常陸様の事詮索禁物』。
触れてはいけないことと感じ、
「お市の方様、本日はこれにて失礼致します」
我は深く頭を下げ、用意されていた船に乗った。
きっとこれが正解だったはず。
お市の方様のお付き人から発せられていた殺気。
忍びの棟梁と噂される黒坂常陸様の家来なのかもしれん。
船に乗り雄琴温泉の港から船が離れると、片倉小十郎景綱が、
「殿、よくご辛抱くださいました。お市の方様の家臣、間違いなく手練れの忍び。発する殺気は尋常ではございませんでした。あの場でもし黒坂常陸様の事を根掘り葉掘り聞いていたら・・・・・・」
「わかっておる」
片倉小十郎景綱の言葉にそう返事するほかなかった。




