⑤⑨話 1588年・上洛後編
【原作書籍④・⑤巻付近】
茨城城から陸路を南に進もうとすると、鹿島港から海路を進むほうが早いと上方を行き来している家臣が言うため、物は試しと鹿島港に出る。
鹿島港、黒坂家一二を争う家臣・柳生宗矩が整備している城兼港。
今まで見たことのない船着き場が海に突き出ており、大きな木造船が停泊していた。
その船は今井宗久と千利休の店の船とのことだった。
そして、丁度一隻遠江に向かう黒坂家御用船がありまだ乗れるとの事だったのでそれに身分を隠し乗船した。
船は安宅船とは少し造りが違う船だったが木造船。
しかし、はじめて出る大海原。
船首でしばらく見ていると気分が悪くなり、よろけると腰を支えた片倉小十郎景綱。
その瞬間、聞いたことのない笛の音が。
「小十郎、この音色は初めて聞く、知っているか?」
「いえ、初めて聞く音色」
耳を澄まして聞いていると不思議と酔いが静まった。
「今の笛の音は誰ぞ?」
船員に聞くと、帆の一番高い所に立つ娘を指さした。
「黒坂家の学校の師範、真帆と言うお方です。お初の方様直属の家臣なのでお侍様手出ししないほうが身のためですぜ」
「手は出さぬが今の笛の音が珍しくてな」
「あ~あれですかい?黒坂の大殿様が鼻歌をよくする音で大殿様は『たいたにっくの曲』って言っておられますよ。船に乗るとよく鼻歌を奏でてます」
「『たいたにっくの曲』?異国の文化に精通していなさると噂の黒坂常陸様が・・・・・・うむそうか、良い音色であった。これはあの娘に渡してくれ」
我は少々金子を懐紙に包んで今まで話していた船員に渡す。
「褒美の品なら大殿様も許してくれるので渡しておきます。伊達のお殿様」
「貴様、何やつ!」
「そう警戒しないでくださいまし。私は黒坂家に仕えます真田家家臣、才蔵と申します。伊達様の事は領内に入った時から見守るように茶々の方様から命じられております。無事に領内を抜けていただくようにと。なにせ大殿様が好きな武将として名を挙げられた方でございますので」
「ずっと見ていたのか?」
「はっ」
そんな気配は一切しなかった。
流石、織田家の忍びの棟梁と噂がある黒坂家の忍びか。
「領地を出たから身分を明かしたか?」
「仰せの通りで。ご安心下さい。この船は黒坂家家臣が操る船、しかと伊達様を遠江まで送り届けます」
「うむ・・・・・・そうであるか。頼んだ」
船の上、最早どうすることも出来ずにこの才蔵と言う男の言葉を信じるしかなかったが、二夜で遠江の浜名湖の港に到着した。
そこから陸路で近江に入った。
後に、真帆と言う女は黒坂家で船一隻を任せられるほどにまで出世する。
そして武士が顔負けするほどの働きをして死んでいく事になるとはこの旅路では知る事は当然なかった。




