ルシェルの婚約者
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アルシュは友人達を連れてレアド領に来ていた。
オラ、アルシュ。今日は、カメリア合衆国のレアド領に来ているぞ。
それも大人数で…。
ディオスは、洋風のレンガ造りのレアド領の町を歩く、後ろには
「オラ! 行くぞ!」
兄貴面するノアド
「まあまあ、良いじゃないか…時間はあるんだし」
と、隣でユースが和やかに微笑む。
その後ろには
「いくよーーー カタリナ! ルシェル、アルテナ、アルシューー」
と呼び掛けるノルン。
「待ってよ」
カタリナが走り
「ああ…置いていかないでよ」
アルテナが続く。
アルシュは一番後ろにいると、ルシェルが手を伸ばし
「さあ、行きましょう!」
アルシュは肩を竦めてルシェルの手を握り、一緒に走り出す。
そう、今日はレアド領に遊びに来ていた。
レアドは最近、裕福になってきた。
その原因は、アルシュのドッラークレスの残骸たるロゼッタストーンのお陰だ。
膨大な量のロゼッタストーンの山脈が、カメリア合衆国と、ジェネシス帝国の双方に流れて、その最短地点であるレアドが採掘業者達のお陰で賑わっているのだ。
無論、人が急に多くなると、人通りが多くなり、カタリナがちょっと人に当たる。
「ごめんなさい」
「あああ!」と厳つい男がカタリナを睨む。
カタリナが怯えていると…男が
「おい、人にぶつかって、ごめんですむと思うのか?」
そう、よろしくない人まで来るのだ。
カタリナが「本当にごめんなさい」と怯えながら答える。
「テメェ…親はどこだ!」
男が声を張ると、ノアドが来て
「オレの連れに何の用だ!」
ノアドが前に出てカタリナを守る。
「保護者は、お前か!」
男が威勢を張る。
ノアドも負けじと睨み返す。
アルシュは頭を抱え「あの…」と間に入ろうとすると
「そこで何をやっている!」
軽装備の鎧を纏ったディリア達が姿を見せる。
男が「なんだテメェは!」と声を張る。
ディリアが鋭い顔で
「ここの領主様一行だよ!」
男が「え…」と固まる。
ディリアが、カタリナとノアドに近付き
「この子達は、私達の身内だ。何か、迷惑でも掛けたのか?」
男がシドロモドロになる。
まあ、こういう弱い者にしか威勢を張れない連中は、自分より強い存在に逆らえないのだ。
アルシュが
「彼女が、ちょっとその人に当たって、謝ったら…その人が絡んできたよ」
「このガキ!」と男が怒りを見せると、ディリアの後ろにいた兵士達が男を押さえる。
ディリアが
「最近、お前のような問題を起こす輩が多くなってねぇ。ちょっと、私達と来て貰おうか…」
「あああ! 誤解ですーーーー」
と、男はディリアの兵士達に連行された。
ディリアが、カタリナの頭を優しく撫で
「ごめんな、怖い思いをさせて」
カタリナはホッとして「うん」と頷いた。
ディリアは、守ろうとしたレアドに
「あんたも虚勢を張る前に、助けを呼ぶか、この子を連れて逃げな。
あんな連中でも、武器を持っている可能性があるからね」
ノアドは渋い顔をして「ああ…分かった」と頷いた。
アルシュ達は、宿泊する領主館に帰ってきた。
アルシュはテラスから、自身のドッラークレスの残骸の赤い山脈を見つめていると、ノアドが来て
「なぁ…どうして、ここの領主と知り合いなんだ?」
アルシュが
「色々とあったの…」
「はぁ? なんだよ、色々って」
ノアドが苛立った顔をする。
アルシュは淡々と
「ヴィクタリア帝国で居場所がなくなったら。逃げられる場所が欲しかったから」
ノアドはアルシュの庶子という立場を知っている。だから…
「心配するな。オレとお前は友人だ。オレが絶対に守ってやる」
レアドにしてみれば、本気なのだろう。
だが、立場、状況、身分によってはその言葉も裏切らないといけない。
だから、アルシュは
「期待しないで、聞いておくよ」
ノアドはムッとして
「お前は、そこが一言、余計なんだ!」
乱暴にアルシュの頭を撫でた。
◇◆◇◆◇◆◇◇◇
その夜、子供達が眠るベッドが並ぶ大部屋で、アルシュは天井を見上げて、アルテナ、カタリナ、ノルン、ルシェルの寝息を聞いて考えていた。
ルシェルの事は、アルシュの判断で解決が決まり、アルシュは何時もの道場通いを始めた。
送り迎えしてくれるアリアも、今回の事で露骨な態度を控えてくれる。
だが、状況は刻々と変わる。
十年後…いや、八年後か、六年後には、それぞれの立場が明確になり、争いが起こるかもしれない。自分で行動を起こしても良いかもしれない。
だが、それが良い結果を生み出すとは思えない。
受け身でしか対応出来ない状況に、アルシュは溜息を漏らしつつ
「寝よう」
と、考えるのを止めて寝ようとしたが
「アルシュ…」
呼び掛ける声があった。
アルシュは上半身を起こすと、目の前にルシェルが座っていた。
「どうしたの?」
ルシュルが
「本当にありがとう。アルシュ」
アルシュは意味が分からず
「え、何が?」
ルシェルは真摯な目で
「私を許してくれた事…」
アルシュは、ああ…と納得して
「別にいいよ。納得出来る答えがあったからね」
ルシェルはアルシュの顔に自分の顔を近づけ
「アルシュが、お爺様や正妃様達の前で、私を守ってくれた事。嬉しかった」
「ああ…うん。いや、君が責められる理由はないからね」
「私、アルシュを見ているとドキドキして嬉しい気持ちになるんだ」
「んん?」
アルシュは顔を顰める。
もしかして、ストレス掛けてトラウマにしたか?
ルシュルはアルシュの右手を取って、自分の胸に当てる。
「見て、アルシュに触れているだけで、こんなにも心がドキドキする」
アルシュは眉間を寄せ
「何かの、心因的ストレス? それってぼくが原因?」
ルシェルは肯き
「うん。アルシュが原因だよ」
アルシュは申し訳ない顔をして
「ごめん。謝る。すまない」
ルシェルは、アルシュの瞳を見つめ
「この感じなんだと思う?」
アルシュは真面目に
「トラウマ? 心的外傷後ストレス障害(PTSD) それとも…何かのウツ的な…」
ルシェルは首を横に振り
「アルシュを好きって事なの…」
アルシュの思考が止まり、数秒後
「は? す、すき焼きがいいの?」
全くの見当違いの言葉を放った。
ルシェルは、アルシュに抱き付き
「アルシュの事が好き、大好き…ずっとアルシュのそばにいたい」
十歳の女の子の告白だった。
アルシュは困る。
中身が三十代オーバーのおっさんには、十歳の子供の告白は、全く感じる事がない。
しいて言うなら小さい子が、お母さん大好き、お父さん大好き、おじさん大好きのような軽さしか感じない。
どうする? どうする?
考えるアルシュに、抱き付くルシェルの強く抱き締めている感じが伝わる。
多分、一大決心して言ったのだろう。
ここで、無下にすると、後々…良くないだろう。
だから…。
「ルシェル、ありがとう。君の気持ちを聞けて…」
ルシェルは、アルシュに顔を向け
「じゃあ、アルシュ…」
その顔は喜びに満ちていた。
告白を受け入れてくれた…と。
アルシュが
「でもね。僕たちは…まだ…子供だ。十歳だ。これからまだ、色々と成長する」
ルシェルにはアルシュの言っている意味が分からなかった。
「ええ? え? どういう事?」
アルシュはルシェルの肩を持ち
「ルシェル、約束しよう。
もし、後…十五年。そう、僕たちが…二十五歳になるまで、お互いにもっと好きな人が出来なければ…。ぼくは、ルシェルを迎えに来る」
ルシェルの顔が明るくなり
「それって、二十五の大人になったら、アルシュが私を迎えに、お嫁さんにしてくれるって事なの?」
アルシュは肯き
「ああ…そうだよ。二十を超えても、ぼくを思ってくれる女性なんて、凄いじゃないか。
そんな素晴らしい人なら、ぼくは、頭を下げてお願いしてもいいから結婚したい」
ルシェルはアルシュに再び抱き付き
「うん。私、アルシュと結婚する」
アルシュは優しく背中を撫でながら
「正し、お互いに、もっと好きな人が出来たら、この話は無しだよ。
ぼくとルシェルの約束が、自分達を苦しめるなんてしたくないから…」
ルシェルは顔を外し、アルシュに向け
「うん。分かった」
アルシュが
「じゃあ、復唱して…」
ルシェルが
「もし、私達のお互いに、思う人より、もっと好きな人が現れるまで…私達は将来を誓った仲である事…」
アルシュがベッドの横にある小物入れから、ブラードダイアの填まった指輪を取り出し
「これが約束の証だよ」
ルシェルの右手の薬指に填める。
ルシェルは嬉しい顔をして、約束の指輪を見つめウットリとして
「じゃあ、十五年後まで、待っているね」
と、アルシュに目を閉じて顔を向ける。
多分、キスをしてくれだ。
アルシュは困る。ここでキスをするべきか…まあ、子供だからノーカンって事で…
ルシェルに優しく口づけをする。
ルシェルは口づけの感触がした唇を押さえて、アルシュに凭れ掛かり
「一緒に寝てもいいよね」
アルシュは困惑するも
「ああ…いいよ」
アルシュはルシェルを横に置いて、一緒に眠る。
そんな中でルシェルは、アルシュに抱き付く。
アルシュはちょっと困りつつも目を閉じて
所詮、子供の約束。十五年もすれば、状況も考えも、性格も変わる。
そして、これもただの過去になるだけ。
美しい宝石のような心の思い出に…。
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