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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第一章 アルトラン王国編

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4 唯一無二の存在

 私の言葉に、タチアナ殿下ははっきりと狼狽えた。そりゃそうだろう。悪意ある侮辱と嫌味で私を貶めようとしたのに、思いがけない切り返しをされるなんて。


 しかも、私と公爵家との関係がすこぶる良好だなんて思いもしなかったらしい。勝手な思い込みも大概にしろと言いたい(言えないけど)。


 実は、私たちが学園の中等部に入学したときから、似たような騒ぎは何度となくあったのだ。美貌と才能、財力と権力を兼ね備えたルカの人気は止まることを知らず、婚約者である私はいろんな令嬢から目の敵にされ、難癖をつけられまくった。


 誰のこともまったく相手にしないルカが、私のことだけは一途に庇おうとしたのもよくなかったらしい。


 その状況に、当然ルカは激怒した。


 「片っ端から全員斬り刻んでやる!」なんて吠えまくるものだから、全力で止めた。筆頭公爵家の令息が白昼堂々殺戮行為なんて、冗談にもならない。


 でももっと激怒したのは、ルカの母親であり公爵夫人でもあるルナリア様だったのだ。


 ルナリア様は、親友の子である私をまるで我が子のように可愛がってくれていた。「私はクララに、あなたの行く末を託されたのだから」と言っては、何度も公爵邸に招いて優しくもてなしてくれた。


 私が我が家で冷遇されないよう、常に目を光らせてくれていたのもルナリア様である。


 そんなルナリア様が、学園での様子を知って黙っているわけがない。


 私に悪質かつ理不尽な嫌がらせをしてきたすべての令嬢たちを光の速さで特定したルナリア様は、すごい勢いでそれぞれの生家にとんでもなく分厚い抗議文を送りつけた。筆頭公爵家から突然常軌を逸したやばい抗議文を突きつけられた貴族家は、軒並み上を下への大騒ぎになったらしい。


 焦った貴族たちは次から次へとグラキエス公爵家を訪れて、平謝りに謝った。娘を連れて行って直接土下座させた家もあれば、反省を促すためとの理由で娘を遠い異国へ留学させた家もあったそうだし、一番性質(タチ)の悪かった某侯爵家の令嬢は即刻退学させられて、領地に押し込められてしまったという。


 そんな騒ぎがあったものだから、この学園の生徒たち(及びその関係者)は身に染みて実感しているのだ。私たちの婚約に口を出すのは、御法度中の御法度だと。そしてこの件に関しては、絶対にグラキエス公爵家を刺激してはならないと。


 私のほうも、ルナリア様からこう言われている。


「この先この婚約に対して面倒くさいことを言う人がいたら、『公爵家に報告しておきます』と言っておやりなさい。あとは私が一木一草ことごとく、返り討ちにしてあげますからね」


 満面の笑みで言われると、それなりに怖い。どんな秘密兵器を持ち出すつもりなのか、わかったもんじゃない。


「ルカにとって、あなたは唯一無二の存在なのよ。あなたがいるから、ルカはルカとして真っすぐに生きていけるの。ルカのためにも、クララのためにも、あなたを守り切ることが私たちの務めなのよ」


 そんな心強い言葉もあって、こういう状況にはとっくに慣れっこなのである。


 それに、日々義母やミリアムから見当違いな誹謗中傷を浴びせられ、不当な扱いを受けている私がこれしきのことで怯むわけがない。


 彼女たちの屁理屈は、とにかく的外れで精度が低くて攻撃力に欠けるけれど、しつこいのである。やたらとねちっこいし。いちいち言い返すのは疲れるから、うまくかわしたりここぞとばかりに反撃したりして、いい具合に鍛えられている。皮肉や嫌味の応酬に関しては、だいぶ経験値が上がっていると思う。


 なんてことを、考えていたら。


「ルカ様〜!!」


 聞き覚えのありすぎる声が、こちらに戻ってこようとしていたルカに突進するのが見えた。


 そして案の定、無視されている。


 それでも話しかけ続けるミリアムと、そんなミリアムを絶対に見ようとしないルカの対比がすごい。いつ見てもカオスである。そしていつ見ても、頭が痛い。


「何あれ……」


 タチアナ殿下と二人の帝国令嬢も、人目を引くカオスな光景に気がついたらしい。さっき自分たちがやらかしたことなど完全に忘れて、呆気に取られている。


 無理もない。あんな珍獣、帝国にいないだろうし。


「ルカ様!! 私もランチを一緒にって、もう、無視しないでくださいよぉ!! ルカ様ってば~!!」


 声がでかい。騒々しい。もうツッコミどころしかない。


 ミリアムを完全に無視したままの状態で戻ってきたルカは、何事もなかったかのように私だけを見て「ただいま、キアラ」と微笑んだ。


 ルカを追いかけてきたミリアムは私に気づくと、今まで以上にぎゃーぎゃーと喚き出す。


「あ! お姉様! どうしてここにいるのよ!?」

「どうしてって、これからランチをと思って――」

「じゃあ、私も入れてよ!! 私もルカ様と一緒に食べたい!! いいでしょ!?」


 無茶苦茶である。目の前の高貴な面々には、一切気づいてないみたいだし。どうやったらそんなはちゃめちゃな人間になれるのだろう。一度頭の中を見てみたいものである。いや、やっぱりいいわ。なんかやばいものでも出てきそう。


「……君は確か、ミリアム・ソルバーン伯爵令嬢だったかな? キアラ嬢の妹にあたる……」


 収拾のつかないカオスな状況にタイミングよく戻ってきてくれたのは、ベルナルド殿下だった。まさに、救世主……!


「そうか、君もこの春から高等部に入ったんだね。おめでとう」

「え? あっ、あの、ベルナルド殿下、ですか……?」

「そうだよ」

「じゃ、じゃあ、私もぜひ、ランチを一緒に……!」

「申し訳ないのだが、私たちはこれから王族専用談話室でランチを取ることになっているんだよ。帝国からの留学生である、こちらのタチアナ殿下一行をもてなす意味もあってね」

「は、はあ……」


 そこでようやく、ミリアムは何かを察したらしい。


 タチアナ殿下たちが留学してくることはもちろん、ベルナルド殿下やルカたちが案内役を命じられたことは、全校生徒に対してもしっかりと説明がなされている。


 そのことに思い至ったらしいミリアムは、一瞬で蒼ざめた。さすがに、自国の王太子だけでなく帝国皇女の前でもやりたい放題好き勝手に振る舞うのは何かしらやばそう、と気づいたのだろう。


 できればもっと、早い段階で気づいてほしかった。まあ、ある程度常識的な忖度ができるようになったことは、成長というべきなのかもしれないけど。いやほんと、微々たる成長だけれども。


 ミリアムは気まずそうな顔をして「し、失礼しました……」とか言いながら背中を丸め、少しずつフェイドアウトして見えなくなった。


 それはミリアム史上、最もひっそりとした退場だったと思う。多分。






◇・◇・◇






「疲れた……」


 帰りの馬車の中で、ルカがつぶやく。


 当然、私はルカの腕の中に閉じ込められているし、ルカは私の首元に顔を埋めている。深呼吸して、「落ち着く……」なんてため息をついて、それから首筋とかこめかみとか耳の辺りとかにいくつもの甘いキスを落とす。


 いつもより、スキンシップが格段に多い。くすぐったいし、さすがに恥ずかしい。


「ちょっと、ルカ」


 止めようとしたら、逆にちゅ、と唇を塞がれた。


「……ちょっ」

「だって、キアラが可愛すぎて」

「……もう」


 してやったり、という顔をするルカ。こんな顔を見られるのは、恐らくこの世界で私だけである。


「案内役、疲れた?」

「うーん、まあ……」


 曖昧な返事が返ってきた。


「さすがに、相手は帝国皇女だからね。無下にもできないし」

「そうね」

「でも正直言って、面倒くさいし煩わしいし早く帰ってほしい」

「ふふ。お疲れさま」

「あいつらなんか放っておいて、キアラと二人だけでいたいのに」


 そう言って、ルカはうっとりと私を見つめる。硬質なシルバーグレーの瞳が抗えない熱を孕み、心から愛おしいと言わんばかりの視線が私を包み込む。そしてまた、優しくキスされる。


「……キアラは大丈夫だった?」

「何が?」

「あいつらに何か言われなかった?」


 ぎくりとした。


 否応なしに、タチアナ殿下たちとの昼間のやり取りを思い出す。


 さっきはここぞとばかりにグラキエス公爵家の名前を出して、タチアナ殿下たちをぎゃふんと言わせてやったものの。


 本当は、このことを公爵家に話す気はなかった。


 だって話してしまったら最後、ちょっと物騒で血の気の多いルカやルナリア様は躊躇なく反撃を開始すると思うから。たとえ帝国皇族であっても、彼らは徹底的に、待ってましたとばかりに小躍りしながら、ぐうの音も出ないほど相手を駆逐しようとするに違いない。


 それはとても、まずいのでは? 下手したら、国際問題になりかねないわけだし。


 と、そこまで考えて、私は取り繕うように「ははは」と笑った。


「大丈夫よ。大したことは言われてないから」

「……ふうん」


 探るような、疑うような目をしながらも、ルカはそれ以上追及しなかった。ひとまず、ホッと胸を撫で下ろす。


「キアラ」

「なに?」

「あれ、ちゃんとつけてる?」


 やけに神妙な顔つきになって、ルカが尋ねる。


 漂う緊張感に妙な引っかかりを感じつつも、私は「もちろんよ」と言いながらシャツのボタンを一つ、二つと外した。そして、首元にかかるチェーンを引っ張り出す。


「ほら」


 それは、中等部に入学した年の誕生日にルカがくれた、ネックレス。


 先端で冴え冴えとした光を放つのは、ルカの髪色と同じ漆黒を宿した石である。


 この石は、とても希少な宝石で『黒曜石』というらしい。黒曜石はこの大陸では採掘されておらず、ほとんど流通もしていない。遠い東方の島国シャンレイでしか、産出されないらしい。


 シャンレイは、謎に包まれた神秘の国と言われている。交易や人の往来を極力制限し、一部の国や地域としか取引きをしていないからである。


 でもどういうわけか、グラキエス公爵家は何代も前からシャンレイ王国と密かに交易を続けているらしい。詳しい経緯は知らないけれど、この黒曜石もシャンレイから取り寄せたものらしく、魔除けの意味が込められているんだとか。


「とにかくそれさえつけていれば、キアラが危険な目に遭うことはないからさ」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ」


 ルカは得意げに微笑んで、ネックレスを取り出すために露わになった私の鎖骨の辺りに目を遣った。


「キアラ、めっちゃエロい」

「…………こら!!」














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