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執着強めな婚約者の愛は、過激で過保護で当然重い  作者: 桜 祈理
第一章 アルトラン王国編

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11 後継者問題を解決する力技

 確かに、改めて考えるまでもなく、ミリアムが西の修道院に送られてしまえばソルバーン伯爵家を継ぐ人間がいなくなってしまう。


 修道院なんていつ戻ってこられるのかわからないし、そもそも修道院に送られた者を後継者に据えるなんて常識的ではない。


 順当に考えれば、長女である私が跡を継げばいいだけの話ではある。もともと、ミリアムがいなければそういう流れになっていたのだし。


 でも亡くなった母は、父に愛人がいたこともミリアムが生まれたことも知っていた。将来的に、父がミリアムに跡を継がせたいと言い出すのではないかと見越したからこそ、母は私の行く末を案じてルカとの婚約を早々に決めたのだ。


 それなのに、ここへきてミリアムが取り返しのつかないとんでもない事態を引き起こしてしまった。その結果、やっぱりソルバーン伯爵家を継げるのは私しかいないとなれば、ルカとは結婚できなくなってしまう。


 だって、ルカはグラキエス公爵家の一人息子。婿に来ることはできないのだ。


「よし、ソルバーン伯爵家をなくそう」


 ベルナルド殿下と女性の騎士団員が帰ったあと、ルカは事もなげに言った。即断即決が過ぎる。


「そういうわけにはいかないでしょう? 伯爵家が取り潰されたら私は平民になってしまうし、そうなればルカとの結婚はますます遠のくのよ?」

「そんなの、どこかの貴族家の養子になればいいだけだよ。なんの問題もない。次期公爵夫人なんだから、きっと引き受けてくれる家はあるはずだよ」


 自身の案になんの疑念もないルカは、得意げに胸を張る。


「……そう簡単にいくとは思えないのだけど」

「じゃあキアラは、ソルバーン伯爵家を継げと言われたら継ぐつもりなのか?」

「それは……」

「そんなこと、絶対にさせない」


 ぐい、と強い力で引き寄せられて、鼻先が触れそうなほどルカの顔が近くなる。


「キアラは俺のだ。ソルバーン伯爵家になんか、絶対に渡さない」

「ルカ……」

「キアラと結婚できない未来なんて、考えたくもない。そんな可能性があるなら、早いとこ全部排除してしまいたい」


 そう言って、ルカは苛立たしげに視線を落とす。


 そして尖った口調で、威勢よくぶちかます。


「俺たちの結婚を邪魔するやつがいるなら、全員血祭りにあげるまでだ。逆らうやつは、一人残らず駆逐してやるよ」

「……そういうのは、控えめに言って、だめでしょう?」


 さらりと冷静に返す私に、ルカは「えー?」と不満げな声を漏らす。


「どうしてもだめ?」

「当たり前でしょ。もっと平和的な解決があるはずだし、血祭りは最後の手段にして」

「最後だったらいいんだ?」

「いや、よくはないんだけど、まず血祭りありきで話を進めないでくれる? 結婚できないってまだはっきり決まったわけじゃないんだし」


 いつも以上に過激な発言を繰り返すルカは、私が何を言ってもどこ吹く風。まったく動じない。


 しかも突然、「あ、いいこと考えた!」なんて無邪気に言い放つ。残念ながら、嫌な予感しかしない。


「もう誰も俺たちの結婚に口出しできないように、今ここで既成事実を作っちゃえばいいんだよ」

「はい!?」

「俺たちが身も心も一つになって結ばれたとなれば、さすがに結婚を反対されることもない――」

「却下に決まってるでしょ!!」






◇・◇・◇






 結果として、タチアナ殿下は今回の一件への関与をすんなり認めることになった。


 ファベル侯爵には知らぬ存ぜぬを通したタチアナ殿下も、翌日ベルナルド殿下が連れていったイケメン騎士団員たちの前にあっさり陥落し、ボロを出したというのだ。ちょろすぎる。


 おまけに、私やミリアムを含めたソルバーン伯爵家に関する「調査報告書」なるものまで見つかったらしい。人を使って、密かに調べさせていたようである。その情報をもとに、ミリアムに近づいたという使用人の証言も得られたそうだ。


 確たる証拠が次々と明らかになり、もはや逃げ道を失ったタチアナ殿下。イケメン騎士団員たちの取り調べに、「私はどうしてもルカ様がほしかったの」とか「あの女を傷物にして身も心もボロボロにしたうえで、ルカ様の婚約者の座を奪ってやりたかったのよ」などとその性悪さを存分に披露しながらも、二言目には「私は帝国の第三皇女。すぐにでも帝国から釈放の命が下るはずよ?」などとふんぞり返っていたのだけれど。


 そうは問屋が卸さなかった。


 帝国は、タチアナ殿下を見限ったのだ。


 というより、こうなることを期待していたらしい。


 タチアナ殿下は、皇帝陛下とその寵愛を受ける側室との間の子であるという威光を振りかざし、帝国内でもやりたい放題、傍若無人に振る舞っていた。


 そのおかげで国内では嫁ぎ先が見つからず、我が国に『婚活留学』してきたわけだけど、そうなるように仕向けたのは、なんと皇太子殿下と宰相だったというのだ。


 皇太子殿下と宰相である公爵は、常々タチアナ殿下の身勝手な振る舞いに手を焼いていたらしい。どうがんばっても改心しそうにないと匙を投げた二人は、タチアナ殿下を他国へ送り出し、彼女が致命的な騒動を引き起こしてくれないかと半ば期待して待っていたという。そしてあわよくば、タチアナ殿下を諫めることもせず溺愛するだけの無能な陛下に責任を取らせる形で、玉座から引きずり降ろそうと目論んだというのだ。


 いや、それ、結構なギャンブルじゃない……? 下手したら、国際問題まっしぐらで深手を負う可能性だってあったのよ? 無責任すぎない? と思ったけど、それだけタチアナ殿下の扱いに手こずっていたということなのだろう。


 それに帝国側としても、タチアナ殿下がここまで悪質な犯罪行為に手を染めるとは思っていなかったそうである。


 でも、これだけははっきりと言いたい。



 他国を巻き込むのは、やめてほしい……!! 



 というわけで、お花畑皇女が引き起こした前代未聞の騒動によって帝国皇帝はあっけなくその座を追われ、皇太子殿下が新たに即位することとなった。


 ちなみに、タチアナ殿下の母親である元皇帝の側室も、皇都から遠く離れた離宮に幽閉されることになったという。


 当のタチアナ殿下はといえば、近々帝国へ強制送還される予定になっている。帝国でどんな裁きが待っているのか、わたしたちにもわからない。


 でも、思ってもみなかった方向でのスピード展開に、まったくもって理解が追いついていないらしい。イケメン騎士団員たちが皇帝の退位や母親の幽閉についてどれだけ親切に説明しても、耳を貸そうとしないんだとか。



 そして。



 ミリアムの処遇と、私たちの婚約の行方は――――?



「あなたたちの婚約を、なかったことになどさせるわけがないでしょう?」


 グラキエス公爵家のサロンで、ルナリア様がゆったりと微笑む。


 タチアナ殿下の関与が明るみに出てしばらくすると、ミリアムは西の修道院へ送られることが正式に決まった。ベルナルド殿下が予想した通りになったのだ。


 それに伴って浮上したソルバーン伯爵家の後継問題は、ちょっと意外な形で決着がついた。


 なんと、親戚であるエクエス伯爵家の次男を養子として迎え、跡継ぎに据えるようにと王命(!)が下ったのだ。もう一度言おう。王命である。


 実は、ベルナルド殿下の指摘を受けて私とルカが戦々恐々としていた頃、この問題にいち早く気づいて行動を起こした人物がいた。



 そう。ルナリア様と、グラキエス公爵である。



 ルナリア様は、夫であるグラキエス公爵に今後起こり得る最悪の事態について懸念を伝えたらしい。ソルバーン伯爵家の後継者問題に私が巻き込まれてしまえば、私たちの婚約は解消となってルカが何をしでかすかわからない、と。


 危機感を覚えた公爵は、すぐさま国王陛下に対して謁見を申し入れた。そして、まずはソルバーン家の実情についてありのままを伝え、私が長いこと冷遇されてきたことを改めて糾弾し、良好な関係を築いてきたルカとの婚約を解消させてまで私に跡を継がせるというのはあまりにも酷ではないか、と疑問を呈したという。


 加えて、今回の騒動はソルバーン家の不適切な養育に端を発すること、親である伯爵夫妻にも責任を問う必要があること、彼らにお灸をすえる意味でも、陛下の力でソルバーン家の後継者問題をうまく収めてはどうかと進言したという。


 公爵のファインプレーが功を奏し、陛下は伯爵家の後継者を自ら指名するに至った。


 それが、エクエス伯爵家の次男、クリオ・エクエスなのである。


 クリオの母親は、父の姉。つまり、クリオは私にとって従兄にあたる。三つ年上のクリオは、母が生きていた頃は頻繁に我が家を訪れていた。意外なことに、母とクリオの母親は仲がよかったのだ。



 そんなクリオの登場が、更なる騒動を巻き起こすなんて――――。



 このときの私たちはまだ、知る由もない。




 









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