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第84踊 レッサーパンダと狼、ときどき孔雀

夏休み(といっても藤樹祭に向けて練習をしていたため後半は学校のようなものだが)が終わり、二学期が本格的にスタートした。


藤樹祭まで残り数日しかなく、どのクラスも急ピッチで作業を進めていた。

僕たち1年2組も例に漏れず、クラス一丸となって動いている。


中でも山車、いわゆるそのクラスの顔となるオブジェクトは全員で協力して完成を急いでいた。


僕たちのクラスの山車は、「動物園」がテーマだ。目玉は大きなライオン、キリン、ゾウ。

その後ろにはちょっとしたミニチュアの動物園を作っていて、まるで動物たちが檻から飛び出してきたような、そんな躍動感を演出している。


正直、自分たちが作ったことを抜きにしても、なかなかの出来だと思う。


「えっ、めちゃかわなんだけど!」


「私、持って帰ってもいいかな? いいよね!」


なにやら女子グループがキャーキャーと盛り上がっている。


作業を止めて、視線をそちらに向けると、そこには……小さなレッサーパンダがいた。


正確には、レッサーパンダ姿の咲乃だ。


「ちょっ、見るなー! 勝手に撮らないでよっ」


どうやら、咲乃は衣装をひと足先に完成させたらしく、試着をしていたところでほかの女子たちに見つかり、今に至るらしい。


レッサーパンダの衣装は、ふわふわの耳としっぽがついていて、咲乃の小柄な体型によく似合っている……というか、本人の言葉を借りるなら「似合ってしまっているのがムカつく」らしい。


顔を真っ赤にしながら反論している様子は、まさにレッサーパンダのようで、クラス中の女子たちは癒されていた。


「咲乃ちゃんかわいいね~」


頭をわしゃわしゃと撫でていたのは千穂だった。


女子の中でも背の高い方の千穂が、咲乃をあやすように撫でている光景は、どう見ても“保護者と子ども”にしか見えない。


「や、やめてよっ! 本当に怒るよ!」


「えー、怒ったらもっとかわいいかも?」


千穂はケラケラと笑いながら咲乃をからかう。

その様子があまりに自然で、もはや漫才のようなやり取りが繰り広げられていた。


あっちも楽しそうだなと思いつつ、僕は自分の衣装の完成を急いだ。


裁縫セットでフェルトや布を貼り付けたパーツを組み立てていく。

もともと器用な方じゃないけれど、みんなが手伝ってくれて、なんとか形にはなった。


「ふぅ、やっとできた……」


ひとりごとのつもりでぼそっと呟いたその時だった。


「なら、試着しちゃおっか。脱がしてあげようか?」


急に耳元で声がして、びくっと肩が跳ねた。


振り向くと、そこにはニヤニヤ顔の千穂がいた。


「あほか。脱がなくても着れるよ」


そう言って、制服の上から衣装を羽織るようにして着た。


僕が選んだ、いや、正確にはクラスの女子たちに選んでもらった動物は――狼。


衣装は、狼の孤高のカッコ良さをイメージして作られていて、フードには耳、背中には尻尾、目元にはちょっとしたアイシャドウ風の黒いラインが入っている。


「おおー! なかなかいいじゃん! 思ってた通りかっこいいよ」


「……またからかってんだろ」


「ちがうちがう、ほんとに。ちゃんと似合ってる」


そう言って千穂は、珍しく真剣な表情を見せていた。


……なんだそれ、こっちが照れるんだけど。


思わず目を逸らして、背中をぼりぼりと掻く。


すると、他の女子たちもざわざわと寄ってきて、


「片桐くん、やるじゃん!」


「似合いすぎでしょ! ヒロキングよりイケてね?」


など、口々に好き放題なことを言ってきた。


ヒロキングはというと、派手な孔雀の羽を背負った状態で仁王立ちしており、「俺様の方がかっこいいだろ!!」と自信満々に叫んでいた。

いや、そこは譲るつもりもないらしい。

アイデンティティの問題なんだろう。


そのとき、咲乃とふと視線が合った。


だけど――すぐに目をそらされた。


わかりやすすぎる反応に、僕は思わず苦笑する。


もしかして、似合ってない? 女子に遊ばれてるだけ?

ちょっとだけ自信を失いかけたときだった。


「秋渡に襲われちゃう~。あなたも狼だったのね」


千穂がわざとらしく、咲乃に聞こえるように言った。


「ちょっ、変なこと言うなよ!」


言った瞬間、咲乃の足が僕のすねを直撃した。


痛っ……っていうか、毎度のことだけど地味に痛い。


「調子にのるんじゃないわよ!」


それでも、蹴るときの咲乃の顔は、真っ赤で怒っているのか照れているのか、判別が難しい。


その後、咲乃の機嫌はその日一日治らなかった。


誰かが話しかけるとツンと横を向いて、僕の方は完全に無視モード。

まぁ、蹴られた僕も僕で、なんとなく気まずくて声をかけるタイミングを失ってしまっていた。


ある程度作業が終わって教室を出ると、校庭では他のチームの応援団の練習が始まっていた。


夕焼けに照らされる中、制服姿で大声を張り上げる彼らの姿は、どこか映画のワンシーンみたいだった。


僕たちも、もうすぐ本番だ。


藤樹祭。


クラスの山車も完成間近で、衣装もだいぶ揃ってきた。


あとは、当日に向けて気持ちを整えるだけだ。


ドタバタして、笑って、少し気まずくなって。


それでも、こうして“みんなと一緒に”いる日常が楽しい。


二学期が始まった。


そして、藤樹祭が楽しみだ。


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