第83踊 夏祭り、恋の導きは花火の音
「どうせなら、みんなで花火大会行こうよ! みんなで行く方が楽しいし!」
いづみのその一言が、僕たちの予定をさらににぎやかなものへと変えた。
プリクラを撮り終えたばかりのゲームコーナー。
そこに突如現れた井上麻里子と、その保護者(自称)の藤岡玲奈。
予定外の合流に、最初は戸惑いもあったけれど、いつの間にか自然と“みんなで行く”という空気になっていた。
「じゃあ、屋台で何か買って、河川敷で花火見るのはどうかな?」
佳奈の提案に全員が賛成し、それぞれ準備を始めた。
「片桐くん、屋台一緒にまわろっ?」
麻里子が自然な笑顔で僕の腕を取る。
抵抗する間もなく、僕は麻里子とふたり、屋台通りへと向かうことになった。
後ろではいづみや佳奈が騒いでいた。
「ちょっと、どういうこと~!」
「保護者としてあれはいいの?!」
「子の成長を見守るのも保護者の務めですから。私は自由恋愛推奨派です」
一方、麻里子にはまったく聞こえてないみたいだ。
ちなみに背後から刺すような視線を感じるのは気のせいだろう、うん。
「なんか、デートみたいだね?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「え〜、そう思ってるのは片桐くんだけかもよ?」
麻里子はふふふと笑って、金魚すくいやリンゴ飴の屋台を次々と覗いていく。
その笑顔はどこか天真爛漫で、けれど、まっすぐ僕を見つめてくるその目に、ドキリとした。
「ねぇ、片桐くん」
「ん?」
「さっき言ったこと……覚えてる?」
「運命って、やつ?」
「うん。片桐くんと出会ったことも、今こうしてることも、全部……ね?」
不思議な響きを持ったその言葉に返事をしようとした、その時だった。
「……あら?」
ふと前方に目を向けると、見覚えのある人影がふたり。
「秋渡くん?」
「矢野先輩と古川先輩……?」
浴衣姿の矢野由美先輩と、古川雅先輩がそこに立っていた。
ふたりとも、いつもと全く違う雰囲気を纏っていた。
矢野先輩は、深い紺色の浴衣に白の百合模様。
清楚で凛とした空気を纏い、銀鼠色の帯がその佇まいをより際立たせていた。
髪は片側に結い上げ、耳元では小さな鈴のついた簪が涼しげに揺れている。
夜風にさらされながら、どこか大人びた空気を感じさせるその姿に、僕は一瞬、言葉を忘れた。
一方の古川先輩は、淡い藤色の浴衣に白と桃色の蝶が舞うようにデザインされたもの。
生成り色の帯が上品に結ばれ、髪はふんわりとまとめられていて、後れ毛が首筋に落ちる様子がなんとも儚げだった。
飾り立てていないのに、佇まいそのものが絵になるような、まさに“雅”という名のとおりの姿だった。
本人は気だるげな雰囲気を醸し出しているが。
「こんばんはーっ!」
麻里子がにこやかに手を振る。
「私は井上麻里子っていいます! 片桐くんとは運命で結ばれてるんです!」
「……運命?」
矢野先輩が目を細めて麻里子を見る。
「はいっ! 今日こうして出会ったのも運命ですし、片桐くんとふたりで屋台をまわってるのも、きっと導かれてるんです!」
「……ふぅん。ずいぶん、積極的なのね」
「矢野さんこそ、片桐くんの部活の先輩なんですよね? 先輩として、見守るのも大事だけど……近づかないと、何も始まらないんじゃないですか?」
その言葉に、矢野先輩の目が一瞬鋭くなる。
「……忠告、ありがとう。けど私は、急ぐつもりはないわ。ちゃんと、秋渡くんが自分で気づいてくれるのを待ってるの」
「ふぅん。じゃあ私は、今を楽しみますね!」
ふわっとした麻里子の笑顔と、微笑みを浮かべたままの矢野先輩。
ふたりの間に流れる静かな火花のような空気を、僕はただ見守ることしかできなかった。
「由美…そろそろ…行こっか」
古川先輩が静かに声をかけると、矢野先輩は「ええ」と頷いて僕に目を向けた。
「また、学校でね!秋渡くん」
「片桐くん……また…ね」
ふたりの浴衣姿が、夜の人混みに溶けていく。
「……やっぱり、浴衣っていいなぁ」
麻里子がぽつりと呟く。
「負けないよ、私だって。今度は私も浴衣でデートするんだから」
「……誰と?」
「運命の人と決まってるじゃん」
僕は返事をせず、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
その後、たこ焼きや焼きそば、冷やしパインなどを手に入れて、みんなのもとへと戻った。
河川敷にはすでにシートが敷かれ、いづみ、咲乃、佳奈、玲奈が待っていた。
「遅い!唐揚げ冷めちゃうし、かき氷溶けちゃうよ!」
「なんかあったの?」
「いや……ちょっと先輩たちに会ってさ」
「え?」
咲乃の表情が一瞬だけ曇ったように見えた。
「まぁいいや! ほら、早く座って座って!」
いづみが明るく言い、みんなで屋台グルメを並べる。
日が沈みかけた空に、打ち上げの合図のように最初の花火が上がった。
ドォン――。
大きな音と共に、夜空に色とりどりの光が咲く。
「わぁ……!」
「やっぱり、夏っていいな〜!」
「夏の風物詩はいいわね!」
「……これは運命、だね」
「ふふ、今日は保護者としてじゃなく、普通に楽しいなぁ!」
いづみ、佳奈、咲乃、麻里子、玲奈。
それぞれの個性がぶつかり合いながらも、同じ時間を、同じ空を見上げている。
花火は、どんな想いも包み込んで、夜空に咲いて、消えていく。
この夏、きっと僕は忘れられない思い出を作ることになる。
まさか、こんなにも賑やかなものになるなんて思わなかったけれど。
でも、悪くない。
むしろ、楽しかった。
祭りの喧騒が過ぎ、夜風がひんやりと頬を撫でる。
河川敷を後にして、みんなで駅へと歩く帰り道。
「なんか、終わっちゃうとあっという間だったね〜」
いづみがつぶやくと、佳奈が小さく頷く。
「でも、いっぱい笑ったし、お腹もいっぱいだし、満足……」
「私は、次は浴衣でリベンジするって決めたから!」
麻里子は変わらず元気だけど、隣の咲乃はいつもより無口だった。
「……咲乃?」
僕が声をかけると、少しだけ俯いていた顔が上がる。
「べ、別に。……別に、何でもないから」
「そう?」
その表情はどこか拗ねていて、けれど少しだけ赤い。
すると突然、咲乃が僕の足を、ちょん、と蹴ってきた。
「……は?」
「うるさい。早く帰るよ、ばか」
言い捨てて早足になった咲乃の背中を見て、みんながくすっと笑う。
「……咲乃ちゃん、可愛い」
「素直じゃないなぁ〜。楽しいなら楽しいっていえばいいのに~!」
「運命に抗う女の子、それはそれでいいね!」
「片桐くんモテ期ですか?保護者として少し心配だよ」
「えっ、いつから始まってたのそれ……」
喋って、笑って、少しだけ切なくて。
でも、また“次”があると信じられる夜だった。
祭りの灯りは遠ざかり、やがて静かな日常へと戻っていく。
だけどきっと、誰かの胸の中で、今日の花火はまだ
消えずに残っている。




