第81踊 夏の思い出がほしい
藤樹祭に向けて夏休みから練習や準備に明け暮れていたからか、あっという間に月日は流れて行った。
各種目の練習や、仮装の準備など、並行してやらなきゃならないことが多くて大変だったけど、やりがいもあった。
とてもいい経験をしていると思う。
でも、高校生の夏はそれで終わりだろうか。
もちろん、そんなわけはない。
なぜかって?
僕たちは花火大会にきているからだ。
―――
「夏の思い出が欲しいーーー!」
いづみがお昼休憩のときに突然声を上げた。
「夏の思い出かぁ。海とか楽しかったなぁ」
佳奈が懐かしむように呟いた。
「佳奈ちゃん、高校生の夏だよ!もっと楽しいこといっぱいしようよ!」
いづみは胸を張りながら佳奈をまくしたてていた。
体操服が胸を張ることで引っ張られ、下着が透けて見える。
僕はスっと顔を背けたが、その先には咲乃がいて、睨まれてしまった。
その後、なぜか咲乃も胸を張っていたが、透けることは無かった。
僕は苦笑しながら弁当の箸を動かす。
「……確かに、海と夜市しかなかったわね」
胸を張るのをやめた咲乃がぽつりとつぶやいた。
「でしょ!? だから、今度の花火大会行こ! せっかく夏なんだし!」
いづみの勢いに、佳奈も「夏の思い出作るぞー!」とノリノリだった。
咲乃も「まあ、夏の思い出にはいいかも」とあっさり了承し、流れで僕もついていくことになった。
ちなみに2人の夜市に関する追求は昼休みが終わるまで続いた。
変なとこでマウントを取ろうとしないでくれ咲乃。
―――
そして現在、僕は花火大会の会場近くのショッピングモールにきていた。
いづみに指定された集合場所であり、花火大会へ行く人々で賑わっていた。
女子3人はいづみの家で浴衣を着付けしてもらってくるらしい。
さすがに僕だけ私服という訳にもいかず、甚平をきてきた。
ヒロキングと上野さんも誘ったが2人きりで楽しむらしい。
カップルで花火大会に行くって、リア充すぎるだろ。
しばらく待っていると、女子3人が登場した。
「お待たせ秋渡くん!」
カラカラと音を立てながら3人が歩いてきた。
いづみの浴衣は、夜空に咲く花のような華やかな藍色。
薄紫や白の桜模様がちりばめられ、彼女の明るい雰囲気によく似合っていた。
帯は柔らかなクリーム色で、背中でふわりと結ばれている。
袖をひらひらとさせながら動くたびに、彼女の無邪気な笑顔が一層映えて見えた。
髪は軽く巻かれ、後ろで緩くまとめられているが、ところどころ遊び毛が跳ねているのが彼女らしい。
「どう? 似合ってる?」
そう言いながらくるりと回ってみせるいづみは、まるでお祭りの夜に舞う蝶のようだった。
「いづみらしくて、可愛いと思う」
思ったことをそのまま伝えたが、少し気恥しかった。
同級生の浴衣姿は特別感があり、ドキドキしてしまう。
「えへへ、ありがと!」
いづみはにっこりと微笑んだ。
夏のせいで少し朱に染まった笑顔がとても可愛らしかったら。
「おいおいお二人さん、私たちもいるんだけどー!」
佳奈がいづみの隣から割り込んできた。
佳奈の浴衣は落ち着いた藤色に、繊細な藤の花の刺繍が施されている。
大人っぽい印象だが、帯の淡いピンクが可愛らしさを引き立てていた。
しっとりとした雰囲気が彼女にぴったりで、涼しげな表情と相まって、まるで花火を見に来たお姉さんのようだった。
髪はサイドを編み込みにして、夜風に揺れるように緩く下ろしている。
「うわ、歩きにくい……やっぱ浴衣って大変だね」
そうぼやきながらも、歩き方に気をつけている様子は、なんだかんだで気に入っている証拠だろう。
「佳奈も普段と違って今日は大人っぽくて可愛らしいな」
いつもと違う一面を見れるのも浴衣ならではだろう。
「私に惚れてもいいんだよ?」
佳奈は妖艶な表情でいたずらに微笑む。
ドキドキしてると足を蹴られた。
「2人に鼻の下伸ばすな」
そこには少し不機嫌な咲乃がいた。
咲乃の浴衣は純白に、淡い水色の朝顔が散りばめられた清楚なデザイン。
小柄な彼女にぴったりな淡い色合いで、帯は深い藍色に結ばれている。
シンプルだけど品のある浴衣姿は、どこか儚げな雰囲気を醸し出していた。
髪は普段よりもきちんとまとめられ、うなじがちらりと見える。
本人はそれが気になっているのか、落ち着かない様子で時折手を後ろにやっていた。
「……別に、そんなに見なくていいから」
僕がじっと見ていると、少し頬を赤らめながらそう言った。
「悪い悪い。咲乃もよく似合ってるよ」
照れ隠しなのか、軽く足を蹴られた。
「秋渡くんも甚平かっこいいよ!」
「秋渡、浴衣の下に下着つけてるか気になる?たしかめる?ん?」
「佳奈!変なこと言わないの!」
3人それぞれ違った魅力の浴衣姿。
夏の夜に、彼女たちはいつも以上に眩しく映っていた。




