第80踊 体育祭まであと少し
今日から復帰した古川雅先輩は気だるげで、少し心配だったけど、射場では別人だった。
先程までのだるそうな姿とは一変して、凛々しい姿を見せていた。
「雅、ブランクを感じさせないほど綺麗だね」
「第一印象は……大事だからねぇ…。上手いとこ……一応先輩として…見せないとねぇ…」
矢野先輩と違って凛々しいのは姿だけだが、それでもやはり僕たちより格上の実力、オーラを放っていた。
そしておそらく、゛持っている゛側の人間だろう。
咲乃も彼女の持っているオーラを感じたのか、真剣な表情で見つめていた。
僕たちも入れ替わるように射場へと入った。
「片桐くん、肩に力入ってるよっ」
天使先生に指摘されて、肩の力を抜くように務める。
しっかりと伸び、狙いを定めて矢を放った。
矢は的の中心からだいぶ離れたがなんとか命中した。
「雅ちゃんに刺激もらっちゃった?みんな力入りすぎだよ、まったくもぅ」
天使先生の言う通りだった。
目の前で上手いプレーを見せられると誰だって熱くなってしまう。
それは、スポーツをしてる人にとって切っても切り離せないものなのだ。
咲乃の様子をチラリと伺うと、同じことを天使先生に指摘されていた。
矢の回収に向かうと、古川先輩が僕の矢を回収して綺麗にしてくれていた。
「先輩、ありがとうございます!」
「いいよいいよ……、みんなと仲良くならないとだしねぇ……」
先輩なりに、コミュニケーションを取ろうとしてくれているらしい。
「それにしても……君、ソフトテニスしてたんでしょ……?」
「え、どうしてそれを?」
思わず聞き返すと、古川先輩はふふっと気怠げに笑った。
「由美ちゃんから聞いた……あと弓を引くときの筋肉の動き……それっぽいなぁって……」
「そうなんですか?」
自分では意識していなかったが、先輩の目にはそう映ったらしい。
「まあ、今は弓道部だし……そのうち馴染むんじゃない……?今も……だいぶいい感じだよ」
「……ありがとうございます」
先輩に褒められた気がして、口元が緩む。
「秋渡、何ニヤついてんの?」
咲乃が訝しげに僕を見上げる。
「別に」
素直に言えばいいのかもしれないが、なんとなく言いたくなくて誤魔化した。
「ま、いいけど。ほら、さっさと行くよ」
彼女に促され、再び射場に立つ。
先輩たちのようにはいかないけれど、せめて自分なりに成長していきたい。
そんなことを思いながら、僕は弓を引いた。
翌日、体育祭の全体練習は早めに終わり、各チームでの練習時間となった。
女子はダンスの練習へと駆り出されていった。
「応援団の人は振り付けやるから集まってくれ」
3年生の号令のもと、応援団のメンバーが集まった。
「じゃあ、まずは基本の動きから合わせていくぞー!」
応援団の中心に立つ3年生が、腕を大きく振りながら号令をかける。
僕はその輪の中で、若干の場違い感を覚えつつも、周りを見て動きを真似していく。
「片桐、めっちゃ硬いぞ!」
隣のヒロキングがニヤニヤしながら、肘で小突いてくる。
「うるさい……。お前はなんでそんなにノリノリなんだよ」
「応援ってのは、気合とノリが命だからな!」
――まあ、言いたいことはわかるけど。
腕を振り上げるタイミングや、掛け声の出し方、簡単そうに見えて意外と難しい。
周囲の3年生たちは、動きを揃えながら迫力ある応援を作り上げていた。
「オーッ! フレーッ、フレーッ!」
全員で掛け声を合わせる。
最初は戸惑っていたが、声を出しているとだんだんと楽しくなってきた。
僕も少しずつ、動きを大きくしていく。
「いいねー! じゃあ次は応援の決めポーズ、ビシッと決めるぞ!」
ヒロキングを含む男子たちが気合いを入れる中、ふと視線を感じて振り向くと、
少し離れた場所でダンスの練習をしている女子たちの姿が見えた。
「1、2、3、4!」
軽快なリズムに合わせて、千穂が楽しそうにステップを踏みながらこちらを見ていた。
その隣では、咲乃が真剣な表情で動きを揃えていた。
咲乃、結構真面目にやってるんだな。
普段はクールな彼女が、一生懸命踊っている姿は、ちょっと新鮮だった。
――と、その瞬間。
咲乃と視線が合った。
一瞬、彼女の動きが止まる。
「……何見てんの?」
そう言ってるような、無言の圧力を感じた気がして、僕はそっと視線を逸らした。
「おい、片桐! ボーッとしてるな!」
ヒロキングの声で現実に引き戻される。
「わかってるって!」
僕は再び、大きく腕を振った。
それぞれの練習が進む中、体育祭本番が少しずつ近づいていく。




