第73踊 いづみと佳奈に乗せられる2人
部活が終わり、制服に着替え帰宅の準備をする。
夏真っ盛りということもあり、制汗剤をつけることが多くなる時期だ。
制汗剤は高校生にとって欠かせない存在である。
すでに更衣室は様々な制汗剤の香りで充満していた。
僕もそれにならい、制汗剤をつけ、更衣室を後にした。
校門を出て、自転車置き場へと向かう途中、聞きなれた声に呼び止められた。
「秋渡~!部活おつかれ~!」
「秋渡くんも今帰り?よかったら一緒に帰らない?」
僕を呼び止めたのは、佳奈といづみだった。
2人とも僕と同じく部活終わりなのだろう。
甘く爽やかな制汗剤の匂いを漂わせていた。
「2人ともお疲れ様。りょーかい、自転車とってくるから待ってて」
2人を校門に待たせて自転車を取りに向かう。
自転車を取りにいき、校門へと向かったら人数が3人に増えていた。
「遅いわよ秋渡、私たちをいつまで待たせるつもりよ」
三人目、それは咲乃だ。
どうやら校門にいた2人を見つけて、一緒に帰ろうとなったらしい。
「これでも急いできたんだぞ。じゃあ帰ろっか」
「揃ったし帰ろっ!あ、でもどうせなら何か買い食いしていかない?」
「いいねいいね~!部活終わりはお腹すくからねぇ」
いづみの提案に佳奈を始め、みんな同意し、買い食いをして帰ることにした。
学校の近くの揚げ物屋さんへと向かった。
おばあちゃんがやっている揚げ物屋さんで、唐揚げを始め、コロッケやフライドポテトなど、学生の胃袋を掴む商品が目白押しだ。
僕たちは、それぞれ好きな揚げ物を選び、店先のベンチで頬張ることにした。
「やっぱりここのコロッケは最高だね~!」
揚げたてのコロッケをかじりながら、いづみが幸せそうに目を細める。
サクッとした衣の中から、ほくほくのジャガイモが顔を覗かせ、その香ばしい匂いが食欲をそそった。
「佳奈は唐揚げか」
「うん! ここの唐揚げ、カリカリでジューシーだから大好きなんだよね~」
佳奈は唐揚げの串を手に持ち、ひと口サイズの唐揚げを次々と口に運んでいる。
「秋渡は?」
「僕はメンチカツ。肉汁たっぷりでうまい」
それを聞いた咲乃が、じっと僕の手元を見つめた。
「……一口ちょうだい」
「ん?ほらよ」
「ん……うん、美味しいわね」
メンチカツが熱かったのか、頬が少し赤くなっていた。
咲乃は代わりに自分のポテトを僕に差し出した。
どうやら交換条件らしい。
まあ、僕は別に構わないので、彼女の差し出したポテトを一本摘まんで口に入れた。
塩気が効いていて、揚げたてのホクホク感が心地いい。
いづみと佳奈がじとーっとした目でこちらを見ていたが、何故だろうか。
「そういえば、もうすぐ藤樹祭だけど、仮装ってどうする?」
佳奈が思い出したように話を振ると、いづみが元気よく手を挙げた。
「私と佳奈はメルヘンがテーマなの!」
「メルヘン?」
「そう! 例えばお姫様とか妖精とか、そういうファンタジー系の仮装!」
「へぇ、楽しそうだな」
佳奈も嬉しそうに頷く。
「何をするかは当日までのお楽しみだよ!」
「本当は秋渡くんたちと同じクラスが良かったんだけどね……」
いづみが少し残念そうに呟く。
「そしたら一緒に仮装できたのになぁ」
「学科が違うから仕方ないよ」
「そうなんだけどさ……」
いづみと佳奈は、ちょっと寂しそうに顔を見合わせる。
確かに、一緒のクラスだったら仮装もお揃いにできたし、より盛り上がったのかもしれない。
そして残念なことに、体育祭のチームもいづみと佳奈は肱龍チームで僕たち藤朋チームとは別だった。
「まあ、クラスやチームが違っても楽しめるさ」
「うん! 競技も一緒にできるしね!」
「競技といえば、咲乃ちゃんは団体競技何に出るの?」
いづみが咲乃に目を向けると、彼女は「まだ決めてないわ」とそっけなく答えた。
「何か出る予定はあるの?」
「別に。特に目立つ団体競技に出るつもりはないし」
「え~、せっかくだからリレーとか出ようよ!」
いづみが目を輝かせながら提案する。
「リレー!? 無理無理、私はそういうの向いてないし!」
「そんなことないよ! 咲乃ちゃん、小柄だからスピードありそうだし!」
「そうだよ! どうせなら目立たない競技より、カッコよく走ってる姿をみんなに見せてやりなよ!」
「そ、そんな簡単に言わないでよ……」
咲乃は少し戸惑ったように眉をひそめるが、いづみと佳奈はめげない。
「大丈夫大丈夫! 私たちも応援するし!敵チームだけど!」
「それに、秋渡くんも出るし!」
「は?」
急に僕の名前が出て、思わず素っ頓狂な声を上げる。
「僕、そんなこと言ってないけど?」
「でも、咲乃ちゃんが出るなら、秋渡くんも出るよね?」
いづみが無邪気に笑う。
「そうだね、秋渡が出るなら咲乃も出るってことになるよね?」
佳奈までノリノリで同意してくる。
「ちょっと待って、僕が出るとは一言も……」
「……秋渡も出るなら、考えてあげてもいいけど?」
咲乃がちらりとこちらを見て、意味ありげに呟いた。
「え、えぇ……」
「ほら! 秋渡くんも参加決定!」
「そうそう、ペアで走ったらきっと盛り上がるよ!」
「いや、そんな軽々しく決めるなって!」
気づけば、僕の意思とは関係なく、リレー参加が既定路線になっていた。
いづみと佳奈の巧みな口車に乗せられ、咲乃も乗り気になりつつある。
……なんでこうなるんだよ。
心の中で小さく溜め息をつきつつ、彼女たちの楽しそうな様子を見ていると、まあいいか、と思えてしまうから不思議だった。
「明日は団体種目のメンバー決めもあるしね。何に出るか楽しみだね!」
「秋渡、またうっかり変なのに巻き込まれないようにね~?」
「いやいや、もうすでに巻き込まれかけてるんだけど」
「ふふっ、大丈夫だよ! なんとかなるって!」
「どこからそんな自信が……」
苦笑しながら、僕たちは買い食いを終え、賑やかに帰路についた。
明日の団体種目決めは波乱の予感がする。
きっとまた、僕は何かしらの競技に巻き込まれることになるのだろう。
……まぁ、こういうのも悪くないか。
そう思いながら、彼女たちと別れた僕はゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。




