第72踊 採寸中は見ないのがマナー
教室へ戻ると、クラスのみんなはメジャーを持って採寸したり、山車の設計図を描いたりと忙しそうにしていた。
咲乃と上野さんもすぐに女子たちに捕まり、メジャーを当てられている。
「ウエスト細っ! モデル体型すぎじゃない?」
「やめなさいよ、くすぐったい!」
女子の輪の中で、咲乃が少し赤くなりながらも身を任せている。
上野さんも似たような状況だが、彼女は落ち着いて採寸されていた。
そんな様子をヒロキングと一緒に何気なく眺めていたら――
「……っ!」
咲乃がキッとこちらを睨みつけた。
「……何見てんのよ」
「いや、特に何も」
「……ふぅん?」
妙にじとっとした視線が突き刺さる。
おまけに、上野さんまで呆れた顔でこちらを見ていた。
――女子のスリーサイズ測定を見学するのはやめよう。
やがて採寸が終わり、次は僕たちの番になった。
ヒロキングの採寸は上野さんが担当していた。
「お前が測るのか?」
「だめ?」
「いや、むしろ嬉しい……」
なんか微妙に甘い雰囲気になっている。
家に帰って二人きりでやってほしい。
一方、僕の担当は――
「じゃーん! 私が測るよ!」
満面の笑みで名乗りを上げたのは、中谷千穂さん。
咲乃を可愛がっている女子のひとりだ。
「片桐くんって思ってた通り筋肉質だね! スマートなのにガシッとしてて、やっぱり狼が似合うよ!」
中谷さんは僕の腕や肩をぺたぺたと触りながら、満足げに頷く。
どうやら僕に狼が似合うと提案した張本人らしい。
「なんで狼が似合うと思ったの?」
「孤高のように見えて目立ってしまう狼みたいに、君にも隠しきれないカッコよさがあるんだよ」
「……なんか、よくわかんないなぁ、それ」
「ふふっ。わかんなくていいんだよ~」
つかみどころがなく、でもどこか安心感のある子だなと思う。
彼女はメジャーで手際よく採寸しながら、時折僕の体をつついて反応を楽しんでいた。
「ちょっ、やめぃ」
「えへへ~」
と、そんなふうにじゃれていると――
「ガルルル……」
低く唸る声が聞こえた。
振り返ると、今にも飛びかかりそうなレッサーパンダ――いや、咲乃がいた。
「もう、咲乃ちゃんったらそんなに怒ってどうしたの?」
「べ、別に怒ってなんかないわよ!」
「はいはい、あとでチュールあげるからねぇ」
「誰が猫よ! シャーーッ!」
まじまじと二人のやりとりを見てると、なかなか面白い。
あの横柄な咲乃を手玉に取ってる中谷さん、何者なんだ。
そんなことを思っていると、中谷さんが僕の耳元でこっそり囁いた。
「ねぇねぇ、咲乃のスリーサイズ、上から――」
「ちょっ、千穂!? な、なな、何言ってんのよ!!」
咲乃が全力で飛びつき、中谷さんを引き剥がした。
その後も必死に問い詰めていたが、中谷さんはどこ吹く風といった様子で飄々としていた。
放課後。
僕たちは弓道場へ向かう。
道中、咲乃は何度も僕を問い詰めてきた。
「千穂から何も聞いてないでしょうね!!」
「いや、何も……」
「ほんとに? ちょっとでも聞いてたら承知しないわよ!」
「いや、だから何も……」
何も聞いてないのに信じてくれない。
結局、逃げるように弓道場へ駆け込んだ。
すると、すでに矢野先輩が射場で練習をしていた。
張り詰めた空気の中、彼女の放った矢が一直線に的へと吸い込まれていく。
――やっぱり、すごいな。
僕が見惚れていると、隣で咲乃が小さく「むぅ……」と唸った。
「……なんか、あんたってば矢野先輩ばっかり見てない?」
「いや、すごいなって思って」
「ふーん?」
じとっとした視線を向けられる。
「別に、普通に尊敬してるだけだけど」
「へぇ~? じゃあ、たとえば矢野先輩に『もっと近くで教えてあげようか?』って言われたら、素直についていくわけ?」
「いや、まぁ……そうなるのかな?」
「……ふぅん」
腕を組みながら微妙に不機嫌そうな顔をする咲乃。
その態度に困っていると、矢野先輩がこちらに気づいて微笑んだ。
「お疲れ、二人とも。今日も頑張ろうね」
「お疲れ様です!」
「お、お疲れ様です……」
矢野先輩は僕の弓をちらりと見て、優しく言った。
「片桐くん、最近かなりフォームが安定してきたね。ちょっと見ててもいい?」
「はい、お願いします」
僕は弓を取り、的に向き直る。
矢を番え、息を整え、ゆっくりと引き絞る――。
ヒュッと矢が飛び、的の八寸あたりに刺さる。
「うん、いい射だね。ただ、ほんの少し右肩の力が入りすぎてるかも」
矢野先輩は僕の肩に軽く触れて、正しい力の抜き方を教えてくれる。
「こう、もっと自然に肩を落とすと、矢が真っ直ぐ飛ぶよ」
「は、はい……」
そのとき。
「ちょっと、秋渡」
低い声が響いた。
振り向くと、咲乃が腕を組んでこちらを睨んでいた。
「な、なんだよ」
「矢野先輩の指導、すごく丁寧よねー。こんなに近くで教えてもらって、秋渡は嬉しいわけ?」
「いや、普通に指導を受けてるだけだけど」
「ふーん……」
咲乃の視線が、ますます冷たくなった気がする。
すると、矢野先輩がくすっと笑った。
「あら、もしかして嫉妬?」
「はぁ!? なんで私がこいつに嫉妬しなきゃならないんですか!?」
「だって、すっごい不機嫌そうな顔してるから」
「し、してない!! それより、私も練習します! 秋渡、邪魔よ!」
なぜか僕を押しのけて、咲乃は自分の弓を手に取った。
――いや、邪魔って何?
なんとなく納得いかないまま、僕は苦笑しながら少し離れる。
そんな僕の横で、矢野先輩が小さく囁いた。
「……ふふ、可愛いね」
「え?」
「片桐くん、もうちょっと自覚したほうがいいかもよ?」
その言葉の意味がよくわからなくて、僕は首をかしげた。
でも、そのすぐ後、弦を引きながらこちらをちらちらと見てくる咲乃の様子を見て――
なんとなく、理解したような気がした。
咲乃も先輩の指導受けたいんだね。




