第69踊 夏休みの終わり、体育祭の練習へ
「やったね!これでみんな上位クエストに行けるよ!」
天使先生、いやAngelArrowのテンションの高い声がスピーカー越しに響く。
──時刻は、午前4時。
僕たち4人、つまりオータム(僕)、ユーミン(矢野先輩)、Saki(咲乃)、AngelArrow(天使先生)は、連日『キメハン』を徹夜でプレイし続けていた。
最初は「こんな時間までやるつもりないからね」と言っていた矢野先輩も、いざ狩りが始まると真剣そのもので、結局寝るタイミングを逃してしまっている。
咲乃にいたっては、「私は徹夜とかしないから」と宣言していたのに、今ではすっかり戦闘に熱中していた。
ラスボス『妖龍ムラサメ』を討伐する矢野先輩の緊急クエストは、4人の総力戦の末、ようやく幕を閉じた。
「いやぁ、長かったね~!」
「何度やり直したことか……」
「咲乃、途中で寝落ちしてたでしょ」
「し、してないし……」
「ボイスチャットから『すぅ……』って聞こえたんだけど?」
「ち、違う! それは……たまたま息を整えてただけ!」
「いや、それはそれでやばくないか?」
僕と咲乃が言い合っている中、矢野先輩が静かに呼吸を整えて発した。
「……ありがとう、みんな」
「え?」
「私ひとりじゃ絶対クリアできなかった。だけど、こうして4人で協力したら、なんとかなるもんだね」
そう言って、矢野先輩は少し笑った。
「私もみんなと協力する大切さを学べました」
咲乃も先ほどとは打って変わって、しんみりとした声を出していた。
これは感動しなきゃいけないやつなのか。
深夜のテンションの恐ろしさを僕が身に染みていると、天使先生がアゲアゲのテンションで来た。
「明日からは上位クエストやろーね!上位は難しくてもっと楽しいよ~」
すかさず矢野先輩がツッコむ。
「だからって、連日徹夜はしませんよ」
「それ毎日言ってるけど、由美ちゃん結局やってるよね?」
「……うっ」
図星を突かれて、矢野先輩が黙る。
「じゃあ、今日はこれで解散しよう。みんな、ちゃんと寝てね!」
天使先生が締めると、僕たちは順番にログアウトしていった。
──こうして、また長い夜が明ける。
翌日、僕は猛烈な眠気に襲われながら、ぼんやりと弓道場を眺めていた。
矢野先輩も同じく寝不足のはずなのに、弓を構える姿はいつも通り……いや、それ以上に凛としていた。
「……すごいな」
弓を引き絞り、放たれた矢は静かに的の中心へと吸い込まれる。
矢野先輩は、一瞬も迷いなく次の矢を番え、また正確に撃ち抜いていった。
まるで、昨夜までゲームに熱中していた姿が嘘のように。
その様子を見ていた咲乃が、ぽつりと呟いた。
「……先輩、ほんとに寝不足?」
「集中すれば、眠気なんて吹っ飛ぶよ」
「なにそれ、ずるい……」
咲乃が苦笑しながら、欠伸を噛み殺す。
「……僕も見習わないとな」
そう思いながら、僕も欠伸を噛み殺す。
休憩中、天使先生の声で目を覚ました。
どうやら僕は壁にもたれて座りながら寝ていたらしい。
起きようとすると、両肩に重みがあった。
両隣を見ると、咲乃と矢野先輩が僕の肩に頭を乗せて、すぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
天使先生は呆れ顔で「あと10分だけ休憩延長ね」といって去っていった。
やれやれみたいな雰囲気を先生は出していたけど、僕たちは知っている。
天使先生が2時間遅刻してきたことを。
そして、長かった夏休みも、ついに最終日を迎えた。
といっても、それはうちの学校だけの話で、世間一般の学生たちはまだ休みを謳歌している頃だろう。
「はぁ……」
僕はベッドに寝転がり、深いため息をついた。
夏休みの最終日くらいは、のんびりと過ごしたかった。
宿題も終わらせたし、部活も今日はない。
連日徹夜だったからぐっすり眠りたい。
──が、そんな甘い考えは、一通のメッセージで打ち砕かれた。
いづみ:ねえねえ秋渡くん! 今日、暇だよね?
佳奈:最後の夏休み、一緒に遊ぼうよ~!
……いや、僕に選択肢はないのか?
既に遊ぶのは決定事項のような文面に、ため息をつきつつも断る理由もない。
寝るから遊ばないって選択肢は僕にはないのだ。
結局、僕は「わかった」とだけ返事をして、支度を始めた。
「秋渡くん、こっちこっち!」
待ち合わせ場所の駅前に着くと、いづみが大きく手を振っていた。
隣には佳奈もいて、どこか楽しげに笑っている。
「やっほー、来てくれてありがとね~」
「……まぁ、暇だったし」
「えへへ、やったぁ!」
いづみは満面の笑みを浮かべ、佳奈は「どうせ断れないって思ってたよ」とからかうように言った。
彼女たちの楽しそうな笑顔を見れて、眠気や疲れが一気に吹っ飛んだ。
「それで、何をするんだ?」
「ゲームセンター!」
「ほう……」
「だって、秋渡もゲーマーでしょ? だったら対決しよ!」
「……なるほど」
佳奈がやる気満々な顔で腕を組んでいる。
こうして、僕の最後の夏休みは、彼女たちとゲーセンで過ごすことになった。
ゲームセンターに入ると、電子音が鳴り響き、ポップな音楽が流れていた。
「どれからやる?」
いづみがキョロキョロしながら言う。
「せっかくだし、音ゲーとか?」
佳奈がリズムゲームの筐体を指差す。
「お、いいね!じゃあ、やろう!」
「秋渡もやろうよ」
「僕、リズムゲームは得意じゃないけど……」
「大丈夫、初心者用の曲もあるし!」
結局、三人でプレイすることになった。
某有名な赤と青の太鼓のリズムゲーだ。
譜面に合わせて太鼓を叩いていく。
──結果、
「うそ、秋渡、めっちゃ上手いじゃん!」
「まさかのフルコンボ……」
「え、普通にやっただけだけど?」
「秋渡くん、意外な才能……!私生活は外しまくってるのに、、、」
なにやら聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。
どうやら僕は、無意識のうちにリズムゲームの才能を発揮してしまったらしい。
「じゃあ、次は格ゲーで勝負しよ!」
「ほう……僕に勝負を挑むとは……いいだろう」
佳奈は格闘対戦ゲームなら負ける気はしないらしい。
結果──
「つ、強すぎる……!」
「秋渡、私本気だしてないよ?」
「秋渡くん、弱すぎだよ~」
「僕は最初は手加減するつもりだったんだけど……二人とも強すぎだろ」
「こっちは手加減しすぎちゃった」
いづみと佳奈はニコニコと笑っている。
その後のいづみと佳奈の対戦は、レベルが違いすぎた。
どこでやり込んでるんだこの2人は。
結果は、佳奈か勝っていた。
「うぅ、こうなったら……クレーンゲームで勝負だ!」
「え、それ勝負になるのか?」
「取れた数で競うの!」
どうやらいづみも何かで僕たちに勝ちたいらしい。
いづみと佳奈、ついでに僕がそれぞれぬいぐるみのクレーンゲームに挑戦する。
「うおおお、これ絶対取れそうなのに~!」
「ちょっとずれたぁぁぁ!」
二人とも苦戦していたが、僕は冷静にアームの位置を調整し、一発で景品を獲得した。
「ま、またしても……」
「秋渡くん、マジで何でもできるの?」
「いや、これはただの運……」
「……絶対ウソだ」
「だよねー」
二人からジト目で見られたが、なんだかんだ楽しそうだった。
「これあげるよ」
いづみに取れた猫のぬいぐるみを手渡す。
「えっ、いいの?ありがとう…大切にするね」
いづみはなぜか頬を赤らめて俯いていた。
そんなに喜んで貰えると思わなかったから逆に僕も少し恥ずかしかった。
佳奈が何か言いたげな表情をしていたが、何も言わなかった。
ゲームセンターを満喫した後、僕たちは近くのカフェに入った。
「うわぁ、美味しそう!」
いづみが注文したフルーツパフェを見て、目を輝かせる。
「佳奈は何頼んだの?」
「私は抹茶のスイーツプレート!」
「僕は普通にアイスコーヒーだけど……」
「もっと甘いの頼めばいいのに~」
「アイスコーヒーもおいしいぞ」
「ふーん?」
いづみが僕のアイスコーヒーをじっと見つめる。
「……ひと口ちょうだい!」
「えっ」
いづみが僕のアイスコーヒーを1口飲んだ。
関節キス…とか考えてると佳奈にいじられそうだから気にしないフリをする。
「たしかに美味しいね!じゃあお礼に、はい、あーん」
スプーンを差し出してくる。
「いや、普通に自分で食べれるよ……」
「いいから!」
仕方なく、パクりと食べる。
「どう?」
「……まぁ、甘い。けどうまい」
「でしょ~?」
なんだか変な雰囲気になったので、そっぽを向くと、佳奈がニヤニヤしていた。
「秋渡、顔赤いよ?」
「……気のせいだ」
「私もしてあげよっか?ほれほれ~、遠慮するな~」
こうして、僕たちは夏休み最後の一日を満喫した。
翌日、僕たちは久々の学校へ戻ってきた。
クラス内も久々に会う人が多く、盛り上がっていた。
「体育祭、始まるねぇ」
「夏休み中に種目決めて練習するの、正直だるいよな……」
「まぁ、やるからには勝ちたいじゃん?」
色々な話が聞こえてくるが、なんだかんだ体育祭は楽しみだ。
体育祭は三つのチームに分かれている。
──赤の聖炎、青の肱龍、そして紫の藤朋。
僕たち2組はどのチームに属しているのか、それも楽しみだ。
そして、出場種目決めも始まる。
夏休みの終わりとともに、体育祭に向けた戦いが始まろうとしていた。




