第67踊 弓道部のキメハン生活
徹夜明けの部活は集中力を欠く――――
と思われたが逆にかなり集中していた。
というより、目がキマりすぎていた。
「あんた、ガンギマリの目をしてるわよ。気を張りすぎずじゃない?」
咲乃が心配そうに聞いてくるが、仕方がないのだ。
「ガンギマらないと、1度でも解いてしまうと、睡魔にやられるからさ」
徹夜あるあるかもしれないが、気を抜くと寝てしまう。
まさに極限状態だ。
ふと天使先生を見ると、腕を組んで仁王立ちしていた。
さすが、天使先生だ。
僕みたいにガンギマりしてなく、一直線に的を見ていた――――見すぎじゃないか?まったく動いてない。
矢野先輩も異変に気がついたのか、天使先生に話しかけていた。
「あの、先生。天使先生?」
「……」
「おーい!先生ー!」
「……」
返事がない。まるで屍のようだ――というか、目を開けたまま寝てた。
目を開けたまま寝れる人たまにいるけど、どうなってるんだ。
矢野先輩にどつかれてから先生は目を覚ました。
「先生…寝てました?」
「そ、そんなわけないでしょ?先生だよ?」
矢野先輩は懐疑的な目を向けていた。
「こほん。由美ちゃんは、もっと会の時間を長めにね。少し早気気味になってるよ」
早気、それは会の時間(弓をひく時間)が短く伸びが欠如してる状態のことを指す。
弓道部員ならだれもが経験し、悩み続ける病だ。
矢野先輩もいきなり天使先生が指導に入って驚いていた。
「片桐くんも!射形見てたけど、しっかり狙いを定めなさい!それじゃ、弱点狙えないよ!」
先生、キメハンと弓道がごちゃ混ぜになってます。
あと、今射場に入ったばかりです。
矢野先輩に「やっぱり寝てたんじゃないですか!」と詰められてた。
部活が終わり帰宅する。
帰り際、しっかり寝るようにと天使先生と二人並んで矢野先輩に釘を刺されてしまった。
「そんなに面白いなら私もやってみようかな」
矢野先輩がボソッ呟いた。
もちろん、そんな言葉を見逃すベテランハンターではなく――
「やろうやろう!私が手とり足とり教えてあげる」
連行されていた。
今頃厳しい指導をされているのかもしれない。
咲乃もそのやりとりをみて呆れていた。
さすがに眠いのでお昼ご飯を食べてからお昼寝をした。
目を覚ましたとき、時刻はすでに15時を回っていた。
さすがに昼寝しすぎたか……。
でも、徹夜明けだったんだから仕方ない。
眠気眼を擦りながら洗面所に向かい、冷水で顔を洗う。
ひんやりとした感触が肌を引き締め、頭が少しクリアになった。
そして、僕はゲームの電源を入れた。
キメラハンター、通称キメハンを起動する。
ログインすると、画面右上にすぐさま通知が表示された。
『AngelArrowからメッセージが届きました』
……早すぎないか?
まるで僕がログインするのを待っていたかのようなタイミングだ。
先生、フレンドのログイン通知とかONにしてるのか?
とりあえずメッセージを開く。
『待ってたよオータム!狩りに行こう!』
なんか先生、めちゃくちゃノリノリだな。
ちなみにオータムは僕のプレイヤーネームだ。
秋だから、オータムってことだ。
すぐにパーティ招待が飛んできたので、何の気なしに参加すると、見慣れない名前が表示されていた。
ユーミン
……ん?
ユーミン?まさかユーミン谷から来た妖精じゃないよな。
と、疑問に思っていると、新たなメッセージが届いた。
『この世界では立場が逆だね、オータム。頼んだよ先輩』
「えっ……?」
思わず声が出る。
まさかと思い、ユーミンのキャラ情報を確認すると――
「矢野先輩……?」
まさかの展開だ。
僕はボイスチャットをONにした。
「え、先輩、キメハン買ったんですか?」
「ええ。あのあと天使先生に誘われて……」
その決断力と行動力、さすが部長。
まさか部活終わりに買って、もうキャラを作っているとは。
「まだチュートリアルが終わったばかりだから、よろしくね」
なるほど、つまり今日は矢野先輩のサポート役というわけか。
「大丈夫ですよ。僕がしっかり教えますから!」
「頼もしいね。じゃあ、オータム、私にキメハンの基礎を叩き込んでちょうだい」
「いや、なんか言い方が弓道の指導みたいなんですけど……」
「だって、初心者が学ぶのに必要なのは、まず基本動作の徹底でしょ?」
「確かにそうですけど!」
そんなやり取りをしていると、天使先生――AngelArrowが割って入ってきた。
「はいはい、そこまで! とりあえず実戦あるのみ! 行くよ、二人とも!」
「ちょっと待って、先生!」
「なあに?」
「初心者の矢野先輩をいきなり実戦に放り込むのは無茶では?」
「大丈夫! 私がちゃんとサポートするから!」
その言葉の勢いに押され、結局そのままクエストに出発することになった。
今回のターゲットは『岩喰兎バサルラビット』。
岩のように硬い外殻を持ち、遠距離攻撃を多用する厄介な相手だ。
「先生、先輩の装備、大丈夫なんですか?」
「ちゃんと初心者向けのセットを用意したよ!」
「ならいいんですけど……」
クエストが始まり、三人でフィールドへ降り立つ。
「とりあえず、先輩は後衛から様子を見てください!」
「了解!」
矢野先輩が後ろで慎重に距離を取り、僕と天使先生が前衛に立つ。
「先生、囮役お願いします!」
「OK!」
先生が遠距離から敵を引き付け、その隙に僕が弱点を狙う。
順調にダメージを与えていたが、途中で矢野先輩の動きが止まる。
「どうしました?」
「……思ったよりも難しいね」
矢野先輩が苦笑をする。
「弓道と似たような感覚かと思ったけど、微妙に違うな……」
「まあ、ゲームとリアルではかなり違いますからね」
「でも……楽しいかも」
矢野先輩が微笑みながら矢を放ち、見事に敵に命中させた。
「ナイスショット!」
「へへ、ありがと!」
その後も何度かピンチになりながらも、無事にクエストをクリア。
「やったね!」
「意外とやるじゃん、ユーミン!」
「いや、その名前で呼ばれるのは少し恥ずかしいんだけど……」
「もう定着しましたよ!」
そんな軽口を叩きながら、僕たちはゲームを続けた。
こうして、弓道部の狩猟生活が始まったのだった。
そんな僕たちの狩りを遠くで見ていたものがいたことも知らずに。




