第64踊 最高の夏の一枚
一通り遊んだ僕たちはお腹がすいたので、海の家で食べ物を調達することにした。
海の家では、焼きそば、たこ焼き、焼きとうもろこし、かき氷、フランクフルトなどたくさんの食べ物が売っていた。
「みんな好きなの選んでいいからね! ここは大人の私がご馳走してあげます! 学校では内緒にしてね?」
天使先生が天使のような微笑みを浮かべながらそう言うと、僕たちは歓声を上げた。
「先生、太っ腹すぎます!」
「えっ、ほんとに!? じゃあ遠慮なく!」
「先生マジで天使!」
それぞれが食べたいものを注文しに向かう。
僕は焼きそば、いづみはたこ焼き、咲乃はかき氷、佳奈はフランクフルト、矢野先輩は焼きとうもろこしを選んだ。
一方、ヒロキングと上野さんは……。
「ねぇヒロキング、焼きそばとたこ焼き、どっちがいい?」
「んー、どっちでもいいよ。上野さんが食べたい方で」
「じゃあ半分こしよっ!」
「いいよ、あーんしてあげる」
「もう、恥ずかしいよぉ」
二人はいつものようにイチャイチャしながら注文していた。
僕たちは何も言わない。
ただ、空気が甘すぎる。
心無しか天使先生の笑顔もぎこちなくなっている気がする。
「相変わらず仲いいよね……」
「ねー……」
「うん……」
僕、いづみ、咲乃、佳奈、矢野先輩が揃ってため息をついた。
注文した食べ物を持って、僕たちは海の家のテーブルについた。
「いただきまーす!」
それぞれが食べ始める。
潮風が吹く中で食べる海の家の料理は、どこか特別な味がした。
「あ、かき氷冷たくておいしー!」
「咲乃ちゃん、ちょっとちょうだい」
「えー……仕方ないなぁ」
いづみが咲乃のかき氷を一口もらう。
「うわ、冷たい! でも甘くておいしい!」
「でしょー?」
そんなやり取りをしていると、佳奈がフランクフルトを持ってこちらを向いた。
「ねぇ秋渡、これ一本がちょっと大きすぎてさ……」
「え?」
「……半分食べる?」
佳奈が少し恥ずかしそうにそう言った。
「いいの?」
「うん。……はい、あーん」
いやいや、そんな、周りにみんながいるんだけど……。
「ほら、早く!」
佳奈がにこっと笑う。仕方なく、僕はフランクフルトを一口かじった。
「……うん、おいしい」
「でしょー?」
そのやり取りを見ていた咲乃が、じとっとした目でこちらを見ていることに気がついた。
「……なに?」
「別に」
いや、絶対に不機嫌になってるやつだ。
「秋渡、あーんされて嬉しかったの?」
咲乃がかき氷をスプーンでつつきながらぼそっと言った。
「いや、佳奈が食べきれないって言うから」
「ふーん……」
機嫌が悪い時の咲乃だ。
足が飛んでこないことを祈る。
「じゃあ私も」
「え?」
「秋渡、あーんして」
咲乃がスプーンにすくったかき氷を僕の方に差し出す。
「え、ちょっと……」
「ほら、食べないの? 早くしないと溶ける」
周囲の視線を感じる。
けど、咲乃の目が「断るな」と言っている。
覚悟を決めて、スプーンの先を口に含んだ。
「……冷たい」
「でしょ」
咲乃は満足そうに笑った。
「秋渡も食べてみたかったんだよねー?」
いや、そんなこと言ってない。
けど、この場で何を言っても無駄だろう。
矢野先輩も焼きとうもろこしとこちらを交互に見比べている。
先輩、、、焼きとうもろこしはあーんには不向きです。
「青春がまぶしいなぁ」
天使先生は僕たちを見てそう呟いた。
「ねぇ、そろそろ帰ろうか?」
矢野先輩の言葉で、僕たちは食事を終えて席を立った。
「先生、ごちそうさまでした!」
「うんうん、みんな喜んでくれたみたいでよかった!」
海の家を出ると、空は少しずつ夕焼けに染まり始めていた。
「ねぇ、みんなで写真撮ろうよ!」
いづみがスマホを取り出して言った。
「いいね! せっかくだし、海をバックに撮ろう!」
矢野先輩が提案し、僕たちはちょうどいい撮影スポットを探すことになった。
「はい、じゃあここで撮るよー!」
いづみがスマホを手頃な場所に設置してる瞬間——。
「ねぇ秋渡、隣いいよね?」
そう言って、咲乃がすっと僕の横に収まる。
「え、あぁ……別に」
「ふふ、じゃあ私もこっちね!」
佳奈も僕の反対側に立った。
「秋渡くんを真ん中にすると、なんかハーレム感あるね?」
矢野先輩がくすっと頬を赤く染めながら笑う。
またしれっと名前呼びしてる矢野先輩。
「そんなつもりじゃ……」
「ねぇねぇ、じゃあもっとハーレムっぽくしようよ!」
いづみがニヤリと笑いながら、僕の後ろに回り込み、肩に手を置いた。
「え、なんか急にプレッシャーが……」
「えー、じゃあ私も!」
矢野先輩まで僕の肩に手を置く。
「え、ちょっと、僕だけやたら囲まれてない?」
「なんだか片桐くん、モテモテね」
天使先生がくすっと微笑む。
そんな僕たちのやり取りをよそに——。
「ねぇヒロキング、私たちも隣同士ね?」
「もちろん。むしろ離れる理由がない」
ヒロキングと上野さんは相変わらずラブラブモードだった。
「はいはい、そこ! イチャイチャしすぎ!」
いづみが笑いながら注意するが、二人は全く気にしていない様子だった。
「じゃあ、そろそろ撮るよー! タイマーは10秒ね!2回撮影だから!」
いづみがカメラ機能を起動して素早く定位置へ戻ってくる。
シャッター音が鳴る瞬間——。
「ほら秋渡、笑いなよ」
咲乃が突然、僕の頬を人差し指でぐいっと押した。
「うわっ、ちょっと!」
「だって、笑顔の方がいいでしょ?」
「そ、そうだけど……!」
「はい、もう一枚撮るよ!」
今度は佳奈も人差し指を僕の頬に近づけた。
「私もツンツンしたい」
「2人揃って何を……!」
——カシャッ!
シャッター音が鳴り響いた。
「うん、いい感じに撮れた!」
いづみが満足げにスマホを確認する。
「ちょっと見せて!」
咲乃が覗き込むと、そこには——。
僕の頬を指で押す咲乃と佳奈、そして後ろで満面の笑みを浮かべるいづみと矢野先輩。
タコの様な口をしたマヌケな僕。
イチャつく2人。
そんな二人を見て苦笑いしてる天使先生。
「なんかこれ、秋渡が私たちに囲まれてる感すごくない?」
「うわ、確かに」
「もしかして、これが噂の”リア充爆発しろ”ってやつ?」
「いや、僕は何もしてないんだけど……むしろされてるんだけど」
そんなやり取りをしていると、上野さんが写真を見て笑った。
「でも秋渡くん、すごく楽しそうな顔してるよ?」
「……え?」
改めて写真を見てみると、僕の表情は——たしかに、タコの口だった。
こうして、僕たちの最高の夏の一枚が完成した。
帰りの車の中ではみんな疲れたのかぐっすり眠っていた。




