第63踊 ここは天国でしょうか
ここは天国でしょうか。
波打ち際で水をパシャパシャとかけ合う女の子たち。
浮き輪で海に浮かぶ天使。
煌めく水しぶき、楽しそうな笑い声、そして砂浜に響く弾むような足音。
学年のアイドルたちが戯れるその光景は、まるでドラマのワンシーンのように美しかった。
「……これが俗に言う“青春”ってやつか」
僕はしみじみと呟く。
最初は恥ずかしがっていた水着姿も、みんな忘れて楽しそうに遊んでいた。
そんな僕の隣では、ヒロキングが上野さんとイチャイチャと水をかけ合っていた。
──あそこだけ、空気違くないか?
ヒロキングの顔には楽しげな笑み、上野さんもまんざらでもない様子で、頬を赤らめながら水をかけ返している。
水飛沫がキラキラと輝く中、2人の間には明らかに他とは異なる甘い雰囲気が流れていた。
「……くっ、羨ましい。じゃなくて、許されると思うなよ」
僕はそっと隣を見る。
佳奈もまた、ヒロキングたちの様子を見つめながら小さくため息をついていた。
目が合う。
言葉はいらない。
佳奈はコクリと頷いた。
青少年交流の家でもそうだったが、僕たちはアイコンタクトで心が通じ合える。
「いくぞ」
「おっけー」
僕たちはそっと近づき、僕はヒロキングを、佳奈は上野さんを、勢いよく──海へと沈めた。
「何2人でお熱い空気出してんだよ!」
「夏より熱いとか許されないよ!」
バシャーン!と音を立てて2人が沈む。
海から顔を出したヒロキングが息を整えながら叫ぶ。
「いきなり沈めるとかひでぇなお前ら!」
「平野さんもひどいよぅ」
上野さんが涙目になりながら佳奈を見つめるが、佳奈は涼しい顔をしていた。
「いやいや、これは夏の海で遊ぶときのルールだから」
「そんなルール聞いたことないけど!?」
ヒロキングは悔しそうに海水をすくい、僕に向かってガバッと水をかけてきた。
が、もちろん僕は避ける。
水しぶきは僕の背後にいた存在へと一直線に飛んでいった。
──バシャッ!!
「…………」
静寂。
咲乃の顔に、盛大に水が直撃したのだった。
近くにいたいづみと矢野先輩も「あっ……」と何かを察した顔をしていた。
「……やったわね」
咲乃の声が低く響く。
「ずっと沈めてあげるわ」
バシャバシャと音を立てながら、咲乃がこちらに向かってくる。
「秋渡!あなたわかってて避けたでしょ!」
「いやそこはヒロキングだろ!なんでこっちなんだよ!」
僕が抗議するも、咲乃の迫力には勝てない。
当人のヒロキングは──
僕を見捨て、上野さんとともに佳奈を沈めていた。
「なに勝手に裏切ってるんだよ!」
「戦場では生き残ることが最優先だからな」
「……くそっ!」
佳奈と目が合い、「助けて秋渡!」と伝わってきたがすまない。
僕もハンターに狙われているんだ。
僕がヒロキングを睨んでいる間に、咲乃がすぐそこまで迫っていた。
「待て、待ってくれ咲乃。話せばわか──」
──ザバーンッ!!
僕は、咲乃によって豪快に海へ沈められた。
「よし、そろそろ次の遊びにしようか!」
全員が水遊びでほどよく疲れてきたところで、ヒロキングが声を上げる。
「ビーチバレーとかどうよ?青春っぽいし!」
「いいね!」
佳奈がすぐに乗ってきた。
「どうせやるならチーム分けしよっか」
「私、秋渡くんと同じチームがいい!」
「じゃあ、私も一緒がいいかな」
いづみと矢野先輩が手を上げる。
咲乃がピクリと眉を動かしたが、珍しく何も言わなかった。
「じゃあ、秋渡、いづみ、矢野先輩と……天使先生で!」
「えっ、先生も!?」
「もちろんですよぉ」
天使先生が微笑む。
「生徒たちが楽しんでいるのに、先生が参加しないわけにはいきませんからねぇ」
というわけで、
〈秋渡・いづみ・矢野先輩・天使先生〉VS〈ヒロキング・佳奈・咲乃・上野さん〉
の対決が始まった。
「いくよっ!」
佳奈の試合開始の掛け声とともに、咲乃がサーブを打つ。
ボールが鋭く飛んできた──が、矢野先輩が華麗にレシーブ。
「天使先生、お願いします!」
「ええ、ええ、まかせてくださいねぇ♪」
天使先生が驚くほど高く跳び、スパイクを放った。
──ドスッ!!
「ぐっ……!!」
ヒロキングがレシーブするも、力強い一撃に押される。
「せ、先生、本気すぎない!?」
「フフフ……青春は全力で楽しむものですよぉ?カップルがいるチームには負けません!」
笑顔で言う先生。
どうやら、僕たちは思っていた以上に色んな意味で強敵を迎えてしまったらしい。
「くっ、負けるか!」
佳奈が必死にボールを繋ぎ、咲乃がトスを上げる。
「ヒロキング!」
「おう、任せろ!」
ヒロキングが強烈なスパイクを放つ──が、それを矢野先輩が驚異的な反応速度で拾う!
「……甘い」
低い声で呟きながら、矢野先輩は完璧なフォームでレシーブを決めた。
ボールはほとんどブレずにいづみの元へ返り、彼女が素早くトスを上げる。
「秋渡くん!」
「いくぞ!」
僕は助走をつけ、高く跳び──
──バシンッ!!
僕のスパイクが決まり、歓声が上がる。
「ナイス、秋渡くん!」
矢野先輩が小さく微笑みながら手を差し出してきた。
いつの間にかしれっと「秋渡くん」呼びしてるのは抜け目がない。
ならばこちらも――
「由美さんこそ流石です!」
僕は勢いよく矢野先輩とハイタッチを交わす。
彼女の手のひらは思ったよりも柔らかく、それでいてしっかりとした感触があった。
──ふと、矢野先輩が視線を逸らし、顔をわずかに赤らめているのに気づいた。
「……どうかしました?」
「べ、別に…名前呼びは調子乗りすぎだよ…」
言いながらも、ほんの少しだけ照れたように髪をかき上げる姿が印象的だった。
先生はニコニコと笑顔でこちらを何故か見ていた。
目が合うとサムズアップしてきたから、とりあえずサムズアップ返しをした。
試合が進む中、いづみとのコンビプレーも冴え渡る。
「秋渡くん、トス上げるね!」
「頼む!」
いづみが素早くボールを上げ、僕がタイミングよくスパイクを決める。
「やったぁ!」
いづみが嬉しそうに僕の腕に飛びついた。
「すごいね秋渡くん!私たち、相性バッチリじゃない?」
「……まあな」
いづみの無邪気な笑顔に、思わず照れる。
というか、腕にあたったたわわな胸の感触に恥ずかしくて照れてしまう。
その瞬間──
「……」
じとっとした視線を感じた。
見ると、咲乃と佳奈がこちらを見ていた。
「な、なによ……いづみばっかり……」
「そ、そうだよ、あたしだって秋渡とコンビプレーしたいのに!」
2人とも頬を膨らませ、微妙に不機嫌そうな表情を浮かべている。
なぜかいづみがマウントを取りだした。
「えっ、もしかして嫉妬してるの?」
「し、してない!!」
「べ、別に……そんなんじゃないけど……」
明らかに嫉妬している反応に、僕は思わず苦笑してしまった。
そしてなぜか背後からも、じとっとした視線を感じた。
「私もハイタッチじゃなくて、腕に抱きつけば……」
矢野先輩がごにょごにょと何か呟きながらこっちを見ていた。
しばらくして試合が終了した。
接戦の末、最終的には僕たちのチームが勝利を収めた。
「くっそー!負けたー!」
「でも、楽しかったね!」
試合を終え、みんなで汗を拭いながら笑い合う。
「……青春ってやつ、少しだけわかった気がする」
矢野先輩が小さく呟く。
「そうですね」
僕も同意しながら、青空を見上げた。
夏の太陽が、まぶしく輝いていた。




