間踊5 狙った的は外さない?
私、矢野由美は2年生ながらも弓道部の部長を務めている。
それはとても光栄なことであり、誇りでもある。
けれど、それは同時に私を理想像へと押し上げた。
部長である以上、誰よりも的を射抜かなくてはならない。
姿勢は常に美しく、矢を放つ所作に迷いを見せてはならない。
そうでなければ、後輩たちの見本になれない。
私は弓道が好きで、誰よりも向き合ってきた自負がある。
だからこそ、決して妥協はできなかった。
「もう少し肩の力を抜いてみたら?」
天使先生には何度かそう言われた。
でも、肩の力を抜くなんて、どうすればいいのか分からなかった。
私は私なりに精一杯、弓道部を引っ張っていかなきゃいけない。
大好きな弓道を心から楽しむ――そんな気持ちは、いつの間にか置き去りにしてしまっていた。
けれど、そんなときだった。
新入生たちが入部してきて、その中にひときわ気になる部員がいた。
高塚咲乃。
彼女は最初から私を見つめるような視線を向けていた。
自意識過剰かもしれないけれど、憧れを抱かれている気がした。
初めて道場で弓を握ったときの彼女は、目を輝かせていた。
弦の張りに驚き、弓を引く動作を興味深そうに何度も試していた。
的に当たらなくても、矢が放たれるたびに笑っていた。
それはまるで、昔の私を見ているようだった。
高塚咲乃の成長は著しかった。
持ち前の集中力と負けず嫌いな性格のおかげか、彼女の射形はすぐに整い、矢も的を捉えるようになった。
本格的な練習を始めて数週間もすれば、的中率はぐんと上がり、他の1年生と比べても頭一つ抜けた実力を持っていた。
正直、私は焦っていた。
部長に選ばれたことに必死で、技術面では伸び悩んでいる自覚があった。
そんな私の横で、たった数ヶ月前まで弓に触れたこともなかった1年生が、みるみるうちに実力をつけていく。
このままだと、私を追い抜いちゃう。
焦りを覚えたのは、私が彼女を意識しているからだった。
自分と似ている部分があるからこそ、彼女の成長がまぶしくて仕方なかった。
でも、あるとき気づいた。
彼女がときおり誰かに強い視線を向けていることに。
それは、片桐秋渡。
高塚咲乃が、時折熱い視線を送る相手。
私が入学式の時に案内した男の子。
最初はなにがそこまで彼女を惹きつけているのか、正直分からなかった。
でも、接していくうちに彼の魅力が私にもわかるようになってきた。
気がつけば、彼の指導ばかりしていた。
咲乃ちゃんの視線も、最初は羨望だったのに、いつの間にか嫉妬に変わっていた。
「由美ちゃん、最近いい感じだね!なにかいいことでもあった?」
「みんなが実力をつけてきて嬉しいんです」
「片桐くん、いい感じだもんね。さすが師匠がいいと弟子もいいってやつだね! 今の由美ちゃん、楽しそう。昔の由美ちゃんが帰ってきた!」
天使先生にそう言われたのは、久しぶりだった。
私、変われてる?
「一皮むけたね!」なんて言われたけど、どうなんだろう。
それにしても、あれは反省しなきゃいけない。
先生が片桐くんを指導すると言ったとき、思わず口をついて出た言葉。
「私の片桐くんを取らないで」
あの後、天使先生に相当からかわれた。
いや、マジでやめてほしい。
「私の」ってなんだよ。誰のものでもないでしょ。
でも、片桐くんが先生の指導を受けているのを見て、案の定キツそうだった。
励ましてあげなきゃ、と思ったけど……休憩から帰ってきた彼は、元気そうだった。
隣には咲乃ちゃん。
彼女が励ましてあげたんだろう。
ちょっとずるいなぁって思っちゃった。
だからだろうか。
ご飯に誘ったのは。
片桐くんは女の子とご飯食べるの、慣れてるのかな?
私は初めてだったからソワソワしちゃって、全部大盛りにしちゃった。
誤魔化したけど、大丈夫だよね、バレてないよね?
「部活中の先輩は凛々しくてかっこいいのに、こういう時は結構気を抜いてるんですね」
その言葉、内心めちゃくちゃ嬉しかった。
まぁ、ずっと凛々しくいるのは疲れちゃうし。
でも、私だけソワソワしてるのもなんか悔しい。
だから、私は片桐くんをソワソワさせてやろうと思った。
「それに……こういう姿を見せられるってことは、片桐くんに心を許してるってことかも?」
案の定、ソワソワし始めた。
口についたソースを取ろうとしたら、慌てて意識してるのバレバレだったし。
可愛いヤツめ。
やっと私を意識し始めたかって話。
帰り際、「秋渡くん」と呼んだら「由美さん」って返してきた。
調子乗りすぎだよ!
どんな顔してるのかわかんなくて、走り去っちゃった。
ドキドキするのも、顔が赤いのも、走ったせい?
夜市に誘ったのは、夏のせいかも。
咲乃ちゃんも行くってなって、ちょっと残念だけど……逆に助かったかも。
彼が海に行くって聞いた時は、「私誘われてないよ?」って思わず言ってしまった。
全然凛々しくなかったよね。そこは反省。
でも、結局みんなで海に行くことになった。
楽しみだ。
天使先生には「水着、着なさいよ!」って遠回しに押し切られたけど、まぁ……先生なりの優しさだよね。
先生はきっと、私の変化に気づいてる。
私、がんばるよ先生。
師匠がいいと、弟子もいいって証明してみせる。
私は、弓道部の部長、矢野由美。
狙った相手は、外さないよ?
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