第61踊 天使の乗り物、行先は天国?海?
部活を終えた僕たちは、一度帰宅して身支度をしてから駅に集合する流れとなった。
天使先生が車で海まで送ってくれるらしい。
『大きい車運転したことないけど、任せといて!』
天使先生の言葉が脳裏に浮かんだ。
行先は天国じゃないですよね?
まだ僕は死にたくないのだが。
一抹の不安を覚えながらも待ち合わせ場所の駅へ。
駅に着くと、すでに佳奈といづみが待っていた。
「おーい、秋渡! 」
佳奈が手をひらひらと振る。
佳奈はデニムのショートパンツにのグレーのタンクトップ。
髪はポニーテールにまとめられ、まるでスポーツ少女のようなラフな装いをしていた。
「いやー、服選ぶのめんどくさくてさ! こういうのでいいよね!」
「佳奈らしいけど……それ、海っていうかバーベキュー向けじゃない?」
「えー、涼しいし動きやすいからいいの!」
対して、いづみはベージュのロングスカートにシンプルなノースリーブ。
麦わら帽子を手に持ち、全体的にナチュラルな雰囲気が漂っている。
「いづみ、なんか落ち着いた感じだな」
「そう? 夏はこういうシンプルな方が過ごしやすいよ」
「大人っぽい感じする」
「ふふ、ありがと」
佳奈が指さしながら僕に尋ねてきた。
「秋渡の荷物ってそれだけ?」
「まぁ、一応……」
「ほんと、荷物少ないね。男子ってそんなもんなの?」
「そんなもんだろ」
「私なんて、タオルも日焼け止めも、あとお菓子とかも持ってきたのに」
「遠足か?」
佳奈が持っているバッグは明らかに重そうだった。
「そりゃさ、せっかくの海なんだから、いろいろ楽しみたいじゃん?」
「まぁ、確かに」
「いづみは荷物少なめだな」
「あまり必要なものが思いつかなくて……。タオルと着替えくらいしか」
いづみはシンプルなトートバッグを肩にかけていた。
海というより避暑地に来たような雰囲気だ。
「そういえば咲乃も来てるらしいね。どこにいる?」
「あっち」
佳奈が指さした方向を見ると、咲乃が駅の影に隠れるように立っていた。
……って、その服装は!?
「お前、それ……」
「なに?」
「なんか……ゴスロリちっくな感じしない?」
「……悪い?」
悪いなんてことはない。
むしろ、めちゃくちゃ似合ってる。
フリルがついた黒と白のワンピースに、小さめのハット。
日傘まで持っていて、まるで童話の世界から飛び出してきたみたいだった。
「いや、可愛いけど……海行く格好か?」
「私はこれが一番落ち着くの」
「日焼け対策ってわけでもなく?」
「それもあるけど……別にいいでしょ!」
そう言ってぷいっとそっぽを向く。
その仕草も含めて、なんだかすごく”らしい”というか……。
佳奈がにやにやしながら追求を始めた。
「でも、咲乃ってさ、意外とフリフリ好きだよね?」
「……別に」
「秋渡がいない時はシンプルな服多いけど、こういうの着るの好きなんだ?」
「だから、別に!」
珍しく言葉を詰まらせる咲乃。
「へぇ〜、可愛いの着たいんだ?」
「……っ! もう知らない!」
佳奈の追及に耐えられなかったのか、咲乃はくるっと踵を返して駅の柱の後ろに隠れてしまった。
「秋渡、あんた今のうちに写真撮っときなよ」
「なんでだよ」
「こんな可愛い格好、滅多に見られないでしょ?」
「この前一緒に遊んだ時もみたよ」
「へぇ~、つまり咲乃の勝負服ですか」
僕は苦笑しながらも、ちらりと咲乃を見る。
……確かに、めちゃくちゃ可愛いけど。
まぁ、そんなこと本人に言ったら絶対キレられるから、黙っておこう。
「うぃーす、みんな!」
ヒロキングの声に振り向くと、ヒロキングと上野さんがいた。
上野さんは、シンプルな白のワンピースにカーディガンを羽織り、足元は涼しげなサンダル。
いつもの制服姿とは違い、どこか儚げな雰囲気すら感じる。
「上野さん、なんか……すごく夏っぽいですね」
「そう? ただのワンピースだけど……」
そう言いながらも、少しだけ頬を染める上野さん。
一方で、ヒロキングはそんな彼女を見て満足げに頷いている。
「いやぁ、上野さんの夏服は最強だからな!」
「もう、ヒロキングったら……」
何だこの2人、夏の暑さの原因だろ。
でもちょっと羨ましいな、このやりとり。
そんなことを考えていると、また別の声がした。
「お待たせー!」
現れたのは矢野先輩。
紺色のフレアスカートに淡い水色のブラウスを合わせた、爽やかなコーディネート。
日差しを受けてさらりと揺れる髪が、なんとも涼しげだ。
「おー、矢野先輩も清楚系ですね」
「でしょ? こういうの、たまには着たくなるのよね」
「たまに、ですか……?」
「うん、たまに」
いたずらっぽく笑う矢野先輩。
「片桐くん、今日は楽しむ準備できてる?」
「えっ、そ、それは……」
「まぁ、どうせみんなに振り回されるんだろうけどね」
「……否定できない」
矢野先輩はくすっと笑った。
矢野先輩は僕や咲乃以外とはあまり面識がないから軽く挨拶をしていた。
こういうところは頼れるお姉さんって感じがする。
一方、上野さんは少し緊張した様子で立っていた。
「上野さん、荷物多いね」
「えっ? あ、まあ……いろいろ準備しちゃって……」
彼女は少し恥ずかしそうに、自分の大きめのバッグを抱えた。
「準備万端って感じだね」
「そ、そうかな……?」
彼女は少し照れくさそうだった。
挨拶を終えた矢野先輩は咲乃をじーっと見つめていた。
「……何ですか?」
「いや、咲乃ちゃんって結構フリフリした服好きなんだなって思って」
「べ、別に好きなわけじゃないです!たまたま、これしかなかっただけです!」
「ふーん」
「ふーんって何ですか!」
ちょっと拗ねたように言い返す咲乃。
「はいはい、けんかしないのー」
間に割って入ってきたのは天使先生だった。
白いTシャツにジーンズというシンプルな装いながら、健康的な雰囲気があってよく似合っている。
「先生、やっぱりラフな格好ですね」
「だって海だもん。動きやすいほうがいいでしょ?」
「まぁ、そうですね」
「それにしても、みんなそれぞれ個性が出てるねー」
そう言いながら、先生はみんなの服装を眺める。
「ねえねえ、片桐くんはどれが一番好み?」
「えっ」
突然の無茶振りに、全員の視線が一斉に僕に向く。
「ちょっ、先生!? そういうのやめてくださいよ!」
「えー、だって気になるじゃん?」
「気になるじゃん? じゃないですよ!」
「ふーん……秋渡はどの服装が好きなの?」
「別に、どれがとかは……」
「ふーん……」
「へぇー……」
咲乃と矢野先輩、いづみと佳奈の視線が鋭くなる。
「ほらほら、片桐くん、素直に答えなよー?」
「だから、みんな似合ってると思いますって!」
「ほーん?」
「へぇ?」
なんだこの圧は。
……こんな調子で、海に着く前からすでに僕はもてあそばれていた。
「もしかして秋渡……咲乃の服が一番好みだったり?」
「は!? ち、違いますけど!?」
「ちょっ……! なんでそうなるのよ!」
咲乃の顔が真っ赤になった。
「お? これはまさかの……?」
佳奈が面白そうにニヤニヤする。
「いやいや、違うって!」
「ほーん……」
「なるほどねぇ……」
「……っ!」
なぜか咲乃だけじゃなく、矢野先輩やいづみまで僕をじっと見ている。
「天使先生、なんかすごいプレッシャーを感じるんですけど……」
「大丈夫大丈夫、青春ってこういうものだから!」
「いや、大丈夫じゃないです!!」
こうして、僕がもてあそばれる夏の一日始まった。
レンタカーの前に集まった僕たちは、いよいよ乗り込もうとしていたが、そこで問題が発生した。
「ねぇ、秋渡くん、どこに座る?」
いづみが無邪気な笑顔で問いかけてくる。
が、その目は少しだけ意地悪く光っていた。
その言葉を合図に、他のみんなも一斉にこちらを向く。
「ちょうどいいし、一緒に座る?」
いづみが僕の腕を掴み、当然のように主張する。
「いやいや、ちょっと待ちなさいよ」
咲乃が即座に割って入る。
「秋渡の隣、私もいい?」
「えっ、咲乃も?」
予想外の展開に戸惑っていると、後ろで矢野先輩がクスクスと笑う声が聞こえた。
「あらあら、人気者だねぇ。私の隣でもいいよ?」
矢野先輩はいつもの落ち着いた口調で、どこか楽しそうに眺めている。
すると、佳奈も手を挙げた。
「え、じゃあ私も座る!」
「いや、それは無理があるだろ」
僕がツッコむが、もうこの流れを止めることはできない気がする。
「どうしようか?」とヒロキングに振ると、腕を組んで考え込んでいた。
「まぁ、ジャンケンか?」
ジャンケン……いや、ここで勝ち負けを決めるのもなんか違う気がする。
しかし、その時──
「はーい、ストーップ!」
突然、天使先生が両手を叩いて場を制した。
「じゃあ、片桐くんは助手席ね!」
「えっ?」
思わぬところから飛び出たジャッジに、全員が固まる。
「だって、運転する私のナビ係が必要でしょ? ほら、助手席に座ったら、私の助手になれるわよ?」
「そんな役職いりません!」
僕が必死に抗議するが、天使先生は満面の笑みを浮かべていた。
「それに、片桐くんが隣に座れば、みんな平等でしょ?」
確かに……いや、確かにそうだけど!
僕が言い返す間もなく、天使先生は僕を助手席へ押し込み、あっという間に後部座席の争いが再開した。
「じゃあ、後ろはどうする?」
「私は端でいいです」
矢野先輩は静かに宣言し、さっさと乗り込んだ。
「私は……まあ、片桐くんの近くがよかったけど」
いづみがちょっと残念そうにしながらも、結局後部座席に乗ることに。
「私はいづみちゃんの隣ね!」
佳奈はすぐに隣に座り、残るは咲乃。
咲乃はちょっと不満そうな顔をしながらも、上野さんの隣に落ち着いた。
「ふぅ、やっと決まったな」
ヒロキングが一番落ち着いていた。
上野さんもその隣に座っている。
そして、ついに天使先生がエンジンをかけた。
「それじゃあ、出発ー!」
歓声が上がる車内。
でも、僕だけは助手席に座らされ、複雑な気持ちでため息をついていた。
なぜか後ろからの視線を感じる。
視線の正体は……多分、いづみだ。
バックミラー越しに目が合うと、いづみはちょっと頬を膨らませて、不満げにそっぽを向いた。
「助手席かぁ……」
小さく呟く声が聞こえた気がした。
……もしかして、僕、後でいづみに怒られるかも?
感想、レビュー、ブクマ、評価など、よろしければお願いします‼️




