表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/133

第60踊 海はみんなで行った方が楽しい

矢野先輩と咲乃と別れ、電車に乗って家へ帰宅する。


夏の夜の空気はまだ熱を帯びていて、今日あった出来事が頭の中で渦を巻いていた。


夜市のざわめき。


屋台の明かり。


矢野先輩のいたずらっぽい笑み。


そして咲乃の、拗ねた横顔。


「夏のせいだな」


ふと、そう呟く。


夏は何でも一歩先へ行きたがるものだから。


玄関を開けると、すぐに母さんの声が飛んできた。


「おかえり、遅かったわねぇ」


リビングに入ると、母さんがテーブルの上で雑誌を広げていた。


「ただいま。夜市に友達と行ってたんだよ」


「女の子? もしかして彼女?」


「違うわ! クラスメイトと部活の先輩」


なぜ母親は息子の恋愛事情を知りたがるのか。


全国のお母さん教えてください。


「ヒロくんが彼女できたっていうからてっきりあんたもかと思ったけど、そりゃないか」


「どういうことだよそれ」


ヒロくんとは、ヒロキングことだ。


母さんは昔からヒロくんと呼んでいる。


「ふふっ、ご飯今からあっため直すけど食べるよね?」


「うん」


どうやら父さんはまだ帰ってきていないらしい。


温かいご飯を食べながら、母さんはふと思い出したように言った。


「引越ししなかったら、今頃あんたにも幼なじみがいたのにねぇ」


「ん? 幼なじみっていたっけ?」


「まぁ、忘れちゃったの? さっちゃん、さっちゃんって毎日話してたのに」


さっちゃん。


なんとなく、昔そんな子と遊んでいた気がする。


でも、ぼんやりとしか顔も声も思い出せない。


夕食を終え、部屋でグループLINEを開く。


『海行く予定だけど、いついく?』


最初に反応したのは佳奈だった。


『私はいつでも! 明日でも良い感じ!』


佳奈は毎日ノープラン。


佳奈らしさ満開だ。


『私も明日でもいいよ!』


『私もいつでもいいわよ』


いづみと咲乃も特に予定はないらしい。


残るはヒロキングだが──


『俺もいいけど、上野さんも連れて行ってもいいか?』


もちろんみんなOKということで、上野さんも参加することになった。


それから色々話し合い、結果、海へ行くのは明日の昼からということになった。


みんな部活があるし、ちょうどいい感じだ。


翌朝。


弓道場の熱気は相変わらずだった。


お昼に近づくにつれ、暑さがピークに達する。


扇風機の風など焼け石に水だ。


「こうも暑いと、海に行って涼みたいわねぇ」


天使先生がぽつりと呟く。


「海ですか、いいですね」


矢野先輩が汗を拭いながら遠くを見るような表情をする。


その会話を聞きながら、僕は何気なく口を開いた。


「僕は今日、海行きますよ」


「えっ?」


咲乃が「あちゃー」という顔をする。


「え? ちょっと待って、私誘われてないよ?」


矢野先輩が不満げにこちらを見つめる。


「いや、そんなつもりじゃ──」


「へぇー、みんなで海? それは楽しそうね!」


天使先生が興味津々といった様子でにこにこと微笑む。


「先生もついて行くぞー!」


「えっ……?」


弓道場に微妙な空気が流れた。


天使先生が海……?


それは、なんというか……普通に考えると嫌がられる案件では。


僕はグループLINEを開き、みんなに相談してみる。


『天使先生が一緒に海行く気満々なんだけど……どうする?』


最初に反応したのは佳奈だった。


『え、むしろ大歓迎じゃない!?』


いづみもすぐに返信を送る。


『先生と一緒とか、めっちゃ楽しそう!』


まさかのポジティブ反応。


ヒロキングからもすぐにメッセージが届いた。


『俺もOKだ! みんなで楽しもうぜ!』


どうやら、みんなノリノリのようだ。


てかみんな暑すぎて休憩してるのか、返信が早い。


「というわけで……先生も、どうぞ」


「やったぁ!」


天使先生は子供みたいに喜んでいた。


「矢野先輩もいきますか?」


「私もいいの? じゃあ、行こうかな」


矢野先輩も部活中の凛々しい感じから、いつもの素の状態になっていた。


凛々しい姿もいいけど、素の先輩も素敵だと思う。


矢野先輩はニヤニヤしながら咲乃の肩をぽんぽんと叩く。


「よかったね、咲乃ちゃん」


「……何がですか」


「だって、監視役が増えたでしょ?」


「……っ!」


咲乃は何も言わずに、そっぽを向いた。


楽しくなる予感はする。


……が、同時に、とんでもないことになりそうな予感もするのだった。


「そういえば、由美ちゃんは水着どうするの?」


天使先生が、無邪気に矢野先輩へと話を振る。


「んー……私は別に、着なくてもいいかなーって思ってますけど」


「えーっ、勿体ないよ!」


先生は大げさに驚いたような声をあげる。


「高校生の夏なんて、あっという間に終わっちゃうのに!」


「まあ、そうですけど……」


「それに、片桐くんも見たがってるから! ね? 片桐くん!」


「えっ!?」


いきなりのキラーパスやめてくれ先生。


突然の振りに、僕は思わず息を飲む。


天使先生は悪びれる様子もなく、にこにこと僕を見つめている。


そして、隣では矢野先輩がこちらをじっと見ていた。


そこには、いつもの凛々しい先輩の姿はない。


あるのは、何かを期待しているような……けれど、どこか恥ずかしそうな表情の女の子だった。


この沈黙、何か言わなければならない流れだ。


「……せ、先輩が水着を着てる姿は、まあ……普通に、見たい……かな」


自分でも何を言っているのかよくわからないが、そう答えた。


矢野先輩は一瞬目を丸くし、それからほんの少し口元を緩めた。


「……じゃあ、着ようかな」


小さく、呟くようにそう言った。


天使先生はそれを聞いて、満足げに頷く。


「よしよし! これで決まりね!」


先生、あなたは一体何を仕切っているんですか……。


それでも、どこか楽しそうな先生の表情につられて、僕もつい小さく笑ってしまった。


きっと、この夏は忘れられない思い出になりそうだ。

感想、レビュー、ブクマ、評価など、よろしければお願いします‼️

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ