第55踊 君の知らない佳奈のこと
夏休みが始まってそうそう、僕は──
勉強をしていた。
夏休みといえば、プールに海に山に楽しいことが目白押し!なはずなのに勉強をしていた。
いや、正確には勉強を手伝っていた。
それは昨晩の出来事が事の発端だった。
佳奈から珍しく個人LINEがきたのだ。
みんなで夏休み楽しみたいから課題を手伝って欲しいと。
僕は最初「課題は自分でやらないとダメだぞ佳奈」と返信した。
しかし、佳奈から「分からないところもあるから教えて欲しい。約束したよね?教えてくれるって。アレは嘘だったの?ぴえん」と返信が来て教えることになったのだ。
佳奈はしっかり痛いところを突いてくるタイプのようだ。
そして今、僕は”佳奈の部屋”で勉強を見ていた。
駅で待ち合わせをして、連れてこられたのは佳奈の家だった。
「今、両親いないから……ちょうどいいね」
なにがちょうどいいんだ、なにが。
佳奈は部屋に入るなりいきなり服を脱ぎ始めた。
僕は驚きのあまり、目を背けた。
「お、おい!なにやってんだよ!」
「あー、ごめん!いつもの調子で着替えようとしちゃった!むしろ秋渡的にはご褒美?」
「あ、アホか!他の部屋で着替えてこい!」
佳奈は「ちぇ~」と言いながら部屋を後にした。
健全な男子高校生には心臓に悪すぎるぞ。
佳奈の部屋は年頃の女の子の部屋だった。
可愛いぬいぐるみもあるし、アルバムも飾られていた。
アルバムのコーナーを見ていると、僕とのプリクラが貼ってあった。
懐かしいなぁと思っていたら声をかけられた。
「それ、お気に入りなんだ~。また遊びに行きたいね!」
「あぁ、この夏はみんなで遊ぶの楽しみだよな」
「そこは2人きりでしょ!これだから秋渡は……」
やれやれといわんばかりの佳奈の表情。
佳奈はラフな部屋着に着替えていた。
Tシャツに短パンだが、鍛えられたスラッとした生脚が美しく様になっていた。
「あぁ~、もうちょっと可愛いのが良かった?ラフすぎだよね私」
「いや、素の方が集中できるしいいだろ。その……似合ってるよ」
「え?……ありがと」
微妙な雰囲気が流れる。
佳奈もなぜかもじもじしながらチラチラこちらを見ている。
「よ、よしっ!勉強しようか」
僕はそう言って座った。
それにつられて佳奈も座った。
「……さて、まずは数学からやるか」
そう言って、僕は佳奈のノートを開く。
見ると、問題の途中で止まっているページがいくつもあった。
途中までは書いてあるのに、答えにたどり着いていない。
「佳奈、どこがわからないんだ?」
「うーん、全部?」
「おいおい……」
僕は思わずため息をついた。
「だってさー、数字見てると頭痛くなるし、途中までは頑張ったんだよ?」
「それは認めるけど、途中で投げ出したら意味ないだろ」
「でもでもー、わかんないんだもん!」
佳奈は頬をぷくっと膨らませて抗議する。
でも、その仕草はどこか演技じみていた。
「……佳奈、ちゃんとやる気はあるんだよな?」
「んー、もちろんあるよ?」
「なら、今日は僕が付きっきりで教えるから、最後までやり遂げよう」
僕がそう言うと、佳奈はちょっと驚いたように目を丸くした。
でもすぐに、いつもの調子を取り戻す。
「え~?秋渡先生の個人授業?なんか特別扱いって感じで嬉しいかも!」
「勉強に集中しろよ……」
そう言いながら、僕はまず最初の問題を解説し始めた。
「えっと……ここでこの公式を使って……あれ?違う?」
佳奈はペンをくるくる回しながら、ノートに向かって唸っている。
「惜しいな。そこは連立方程式だ」
「あっ、そっか!」
僕がヒントを出すと、佳奈はぱっと表情を輝かせる。
そうして一問解けると、今度は自分から次の問題に手をつけ始めた。
「秋渡ってさ、なんか先生みたいだよね」
「先生?」
「うん、教え方が丁寧だし、ちゃんと理解させようとしてくれるから」
佳奈はそう言って、僕をじっと見つめる。
「私さ、勉強って昔から苦手で……家でもあんまりやらなかったんだよね」
「そうなのか?」
「うん。両親は共働きで帰りも遅いし、家で勉強するっていう習慣があんまりなかったの」
佳奈の表情が、ふと真剣になる。
「だから、誰かにちゃんと教えてもらうのって、なんか新鮮……。秋渡みたいに、ちゃんと私を見てくれる人って、意外と少ないのかも」
その言葉を聞いて、僕は少しだけ息をのんだ。
佳奈はいつも明るくて、周りに友達も多い。
みんなの中心にいるタイプの人間だ。
でも、その内側には、こういう思いを抱えていたんだな、と気づかされる。
「佳奈はさ、本当の自分を誰かに知ってほしいって思うこと、ある?」
不意に、僕の口からそんな言葉がこぼれた。
佳奈は少し驚いたように目を見開く。
「……なんでそう思ったの?」
「いや、なんとなく。佳奈って、みんなの前では明るくて元気だけど、今みたいに真剣な顔もするんだなって」
しばらく沈黙が流れる。
「……うん、あるかも」
佳奈は少し俯きながら、ぽつりと呟く。
「私って、みんなからは“明るくて、元気で、バカやってる”って思われてるでしょ?」
「まぁ、そんな感じかな」
「でも、全部が全部そうじゃないんだよね。たまには落ち込むこともあるし、考え込んじゃうこともある。でも、そういうのって、みんなの前では出せなくてさ」
僕はじっと佳奈の横顔を見つめる。
「……だから、秋渡が気づいてくれたのは、ちょっと嬉しいかも」
佳奈はふっと笑う。
「な、なんか、こういう話してると照れるね!」
「まぁな」
微妙な空気を誤魔化すように、僕はノートを指さした。
「とりあえず、勉強続けるぞ」
「えぇ~?もうちょっといい雰囲気だったのに?」
佳奈はからかうように笑いながら、僕の肩を軽く小突いた。
「これだから秋渡は、鈍感なんだよね」
そんなことを言いながらも、佳奈はちゃんとノートに向かう。
僕は少し微笑みながら、また問題の解説を始めた。
勉強がひと段落つくと、佳奈はぐーっと伸びをして大きなため息をついた。
「はぁ~、疲れた~!ねぇねぇ、ちょっと休憩しよ?」
「まぁ、いいけど」
佳奈は冷蔵庫からアイスを持ってきて、僕に一本渡す。
「勉強のあとは甘いもの!これ鉄則ね!」
「初耳だな」
僕がアイスを開けると、佳奈はふと、何かを思い出したように僕の方を見た。
「ねぇ秋渡」
「ん?」
「……今日はありがと」
佳奈は、ほんの少しだけ照れくさそうに言った。
「勉強だけじゃなくて、私のこと、ちゃんと見てくれて」
僕は驚いたが、なんとなく、佳奈の気持ちが伝わってきた気がした。
「……まぁ、友達だからな」
僕がそう言うと、佳奈は少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
「んー、友達ねぇ……。まぁ、いいけど」
そう言って、佳奈はまたアイスをかじる。
その横顔は、どこか安心しているように見えた。
この夏休み、僕は佳奈の知らなかった一面を知ることになりそうだ。
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