第52踊 佳奈が来たッ!
咲乃に連れてこられたのは、学校近くのファミリーレストランだった。
店内は、テスト帰りの学生たちでごった返している。
お昼時ということもあって、ほとんどの席が埋まっていた。
僕のお腹も、ちょうど良い具合にすいている。
「なんだ、咲乃。お腹すいてたの? 言ってくれれば良いのに~」
「違うわよ!」
思いっきり、足を蹴られた。ちがったようだ。
とりあえず店員に案内され、空いていたテーブル席へと座る。
座ったのはいいが……なぜか咲乃が僕の隣に座った。
「あの、咲乃? 向こうの席空いてるけど?」
「これでいいの」
これじゃ痛いカップルみたいじゃないか。
僕がそわそわと落ち着かないでいるのに対し、咲乃は涼しい顔でスマホをいじっている。
いや、どう考えても不自然だろ。
周りの視線も、なんとなく僕たちに注がれているような気がする。
「なんか僕たち、痛いカップルみたいだな……」
思わず耐えきれなくなり、ぼそっと呟く。すると、
「い、いらないこと言わないでよ! 変に意識しちゃうじゃない!」
咲乃が一瞬で真っ赤になった。
「ごめんごめん、そう思われると嫌だよな」
「べ、べつに……あんたとじゃ……嫌じゃ……ないし……」
だよな、嫌だよなぁ……って、え?
その言葉を脳内で反芻した瞬間、僕の心臓が跳ねた。
ドキドキが止まらないってやつだ。
しかし、そんな驚きも束の間、店の入口から見慣れた二人組が入ってきた。
「やぁやぁ待たせたね!もう大丈夫、 私が来たッ!」
「佳奈ちゃん、急にアメコミ風やめてよ! お待たせ、二人とも!」
佳奈といづみだ。
どうやらみんなで昼ご飯を食べようという話になっていたらしい。
「え、待って。僕だけその話聞いてないんだけど?」
「え? あたし、いづみから聞いたんだけど……」
「私は咲乃から聞いたよ?」
「私は秋渡に言った気がするけど?」
「いやいやいや、絶対聞いてないから!」
と、僕の疑問は置き去りにされ、ぞろぞろとみんなでメニューを開く流れになった。
「うわ、どれにしよう……めっちゃ迷う」
佳奈がメニューを見ながら悩んでいると、いづみが隣でくすっと笑った。
「佳奈ちゃんはいつも優柔不断だよね。ほら、秋渡くんはもう決まった?」
「うん。僕はペッパーハンバーグにするよ」
「お、いいねー! じゃあ私はイタリアンハンバーグにしようかな」
ペッパーハンバーグとイタリアンハンバーグ。
どちらも捨てがたい。
結局、僕と佳奈がペッパーハンバーグ、いづみと咲乃がイタリアンハンバーグを注文した。
ペッパーハンバーグは、鉄板の上でジュージューと音を立てながら運ばれてくる。
肉厚のハンバーグの上には粗挽きのブラックペッパーがたっぷりかかっていて、一口食べるとジューシーな肉汁とスパイシーな香りが口いっぱいに広がる。
一方、いづみが頼んだイタリアンハンバーグは、たっぷりのトマトソースととろけるモッツァレラチーズが絡み合い、ナイフを入れると中からさらに肉汁があふれ出す。
甘酸っぱいトマトソースが濃厚なチーズと相性抜群で、見ているだけで食欲がそそられる。
「秋渡くん、ちょっと交換しよ?」
「お、おう」
いづみは俺のペッパーハンバーグを一口食べると、嬉しそうに微笑んだ。
「んー! スパイシーで美味しい! 秋渡くん、こういうの好きなんだね」
「まぁな。いづみのも美味しそうだな……」
「じゃあ、はい。あーん」
「……は?」
いづみがフォークにハンバーグを刺し、俺の口元へ差し出す。
周りが一瞬で静まる。
咲乃の視線が、刺さるように痛い。
佳奈はニヤニヤしながら見ている。
「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ?」
「お、おう……」
僕は仕方なく、一口だけ食べさせてもらった。
トマトの甘酸っぱさと肉の旨味が絶妙にマッチしていて、思わず声が漏れる。
「うまい……」
「ふふ、でしょ?あ……関節キスしちゃったね」
いづみがイタズラげな小悪魔な笑みを浮かべていた。
僕が慌ててゴホゴホむせていたら、「ごめんごめん、冗談だよ?ちゃんと新しいフォークだから」とニコッと微笑んだ。
その表情がなんだか妙に可愛くて、俺は思わず視線を逸らした。
「な、なんなのよ……」
隣から、低い声が聞こえる。
咲乃が、じとーっとした目で俺といづみを交互に睨んでいた。
「……別に?」
俺がそう言うと、咲乃は「ふん」とそっぽを向く。
しかし、その耳はほんのり赤くなっていた。
「あ、秋渡……私とも…その…交換…して?」
咲乃が恥ずかしそうに呟いた。
先程の件もあり、ドキドキが再加速を始めたが天然の女の子がここにはいた。
「咲乃~!私と交換してあげるよ~!」
佳奈は素早い手技でイタリアンハンバーグとペッパーハンバーグを切り分けて交換していた。
こういう時に無駄に素早いのね。
咲乃はポカンとしていたが、状況を理解して「ありがとう、佳奈」とだけ呟いた。
テーブルの下では足でコツンコツンと蹴られた。
僕にはどうしようもないんだよ。
食事がひと段落すると、話題はテストのことへと移った。
「で、どうだった? いづみと佳奈のテストの手応えは?」
「簿記が死んだ……」
佳奈が机に突っ伏しながらぼやく。
「明日の数学もやばいなぁ……追試かなぁ……」
「秋渡くんは? 得意な科目とかあるの?」
「うーん、数学はまぁまぁかな。でも英語は微妙」
「私、数学苦手なんだよね。秋渡くん、後で一緒に復習しよ?」
「あ、うん。いいよ」
「いづみだけずるい。私にも教えて秋渡!追試なんて嫌~!」
佳奈も参加するようだ。
気がつくと隣の咲乃が不機嫌そうに足をバタバタさせた。
「あーもう! みんなで勉強するなら、私も参加するから!」
「ありがとう。咲乃がいたら助かるよ」
「きゅ、急に優しくしないでよ! 私に任せなさい!」
「情緒不安定になってるぞ……」
そんなやりとりをしながら、僕たちはノートを開き、テストの復習を始めるのだった。




