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第50踊 恋も的も、狙いは外さず?

三年生が引退し、僕たち弓道部1年生もいよいよ本格的な練習に入っていた。


部室に並ぶ弓と矢、弓道場の張り詰めた空気。


今までは基礎練習ばかりだったが、今日からついに的に向かって矢を放つ。


「……緊張するな」


道場に立ち、手にした弓を握りしめながら、僕はぽつりと呟く。


隣では咲乃が、僕とは対照的に静かに弓を構えていた。


「秋渡、集中しなさい」


「わかってるけど……」


深呼吸して弦に指をかける。


脳内で今まで教えられた動作を反芻しながら、矢をつがえた。


狙いを定めて、引いて、離す……!


緊張を押し殺し、思い切って矢を放つが、消えた。


「えっ、どこ行った?」


弓を引いた瞬間、矢は明後日の方向へ飛んでいった。


的どころか、まるで関係ないところに着弾する。


道場が静まり返る。


「……ぷっ」


笑いを堪えるような小さな声が聞こえた。


視線を向けると、咲乃が口元を押さえて肩を震わせている。


「いや、何笑って……」


次の瞬間、咲乃はすっと弓を構えた。


小柄な彼女が大きな弓を扱う姿は、どこか絵になる。


ゆっくりと弦を引き、狙いを定めて


ヒュッ——シュッ!


矢は一直線に的の中心へと吸い込まれていった。


「うそだろ……」


僕の目の前で、これ以上ない完璧な一射を決めてみせたのだ。


「ふふっ、どう? 秋渡」


得意げな笑みを浮かべる咲乃に、僕はただ呆然とするしかなかった。


「片桐くん、まだ力が入りすぎているな」


そこへ、矢野先輩が歩み寄ってきた。


弓道部の先輩であり部長、三年生が引退してからは実質的に部の指導を担当してくれている人だ。


黒髪のポニーテールが凛々しく、どこか気品を感じさせる先輩は、僕の矢を回収しながら言葉を続けた。


「初心者がやりがちなのは、腕の力だけで引こうとすることだ。腕だけではなく、背中の筋肉も使って引く意識を持て」


「背中……ですか?」


「そうだ。それと、力みすぎるな。弓は引くものではなく、押すものと考えろ」


「押すもの……?」


「言葉で説明するよりも、実際に見せたほうが早いか」


そう言うと、矢野先輩は僕の後ろに立ち、そっと僕の腕に手を添えた。


「えっ」


「ほら、こうして……力を抜いて」


先輩の柔らかい声と、温もりのある手。


不意の接触に、思わず心臓が跳ね上がる。


「ちょ、近い……!」


「ほら、集中しなさい」


苦笑する先輩の声が耳元で響く。


そのとき、道場の隅でじっとこちらを見つめる視線に気づいた。


咲乃だった。


頬を膨らませ、じとっとした目でこちらを見つめている。


なんだあの顔……


まるで機嫌が悪い猫のような、少し不機嫌そうな表情。


そのまま咲乃は無言で的に向き直り、先ほどよりもさらに力強く弦を引き絞った。


ヒュッ——バシッ!


またしても、完璧な一射。


「えっ、さっきより威力増してない?」


明らかにさっきよりも勢いのある矢が的の中央を貫く。


「……片桐君、君の影響かもしれないな」


「えっ、僕の?」


「高塚は競争心が強い。君が部長である私と親しげにしているのが、何か影響を与えたのかもしれない」


そう言って矢野先輩はくすりと微笑む。


え、今の笑顔、なんか……


綺麗すぎて、ドキッとした。


でも、それと同時に先輩の視線が少しだけ違うものに見えた気がした。


「ちょっと、秋渡」


指導が終わり、矢を回収していると、そこへ咲乃が足早に近づいてきた。


「な、何?」


「なんかさっきから変にニヤついてるけど……別に大したことじゃないからね。私が当てるのは当然なの」


「いや、そんなこと言われても……」


「それに、あんまり部長と仲良くしないでよ」


「えっ?」


「べ、別に変な意味じゃないけど! なんかムカつくっていうか……!」


咲乃はバツが悪そうに顔を背ける。


「……それ、もしかして嫉妬?」


「は!? ち、ちちちがう!?」


咲乃は耳まで赤くして、足元の砂を蹴る。


「ほら、さっさと練習するよ!」


「えぇ……」


強引に腕を引かれ、射場の前に連れていかれる僕。


その瞬間、ふと視線を感じて振り返ると、矢野先輩がじっとこちらを見つめていた。


「……?」


声をかけようとすると、先輩はふっと目をそらし、静かに微笑んだ。


咲乃と矢野先輩。


二人の態度に、僕は新たな疑問を抱えながら、もう一度弓を構えたのだった。

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