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第43踊 解放のチャイムと夕焼けの道場

中間テストの最終日。


教室には朝から独特の緊張感が漂っていた。


普段は賑やかなクラスメイトたちも、今は皆無言で答案に向かっている。


最後の一科目が終われば、束の間の自由が戻るのだ。


僕も例に漏れず、昨日の英語で失った点数を取り戻そうと必死だった。


今日は数学や理科といった理系科目が多い。


得意分野なだけに、ここで挽回しなければならない。


数学の問題用紙を開いた瞬間、肩の力が少し抜けた。


出題された問題はどれも基本を押さえていれば解けるものが多い。


冷静に解答欄を埋めながら、自信を取り戻していく感覚が心地よかった。


途中で時計を見ると、残り時間は十分にあった。


急ぎすぎず、丁寧に見直しを進める。


記述問題の採点基準を思い出しながら、記述部分を加筆修正。


数学に関しては、ほぼ満点が狙えるという手応えだった。


最後のチャイムが鳴り響いたとき、教室には一瞬の静寂が訪れた。


それを破るように、誰かが「終わったー!」と声を上げると、教室中が解放感に包まれる。


机に突っ伏す者、答案の内容を話し合う者、歓喜の声を上げる者。


そんな中、咲乃が僕の席に近づいてきた。


「ねえ、数学できた?」


「まあまあかな。咲乃は?」


「私はパーフェクトよ。……たぶんね」


自信満々に笑う彼女は、普段のクールで横柄な態度が薄れ、少し柔らかい雰囲気をまとっていた。


その表情が妙に印象的で、思わず目を奪われる。


「……なに?」


不思議そうに首を傾げる咲乃に、僕は慌てて視線をそらした。


「いや、なんでもないよ」


テスト明けで少し疲れているせいか、顔が熱くなるのを感じた。


そこに、突然後ろから大きな声が割り込んできた。


「おーい!お前ら、テストなんか忘れて昼飯行こうぜ!」


見ると、ヒロキングが腕を上げながらこちらに歩いてくる。


相変わらずの陽気な声に、思わず周囲のクラスメイトも振り返った。


「ヒロキング、苦手って言ってたけど数学どうだった?」


咲乃が半ば呆れたように尋ねる。


「余裕だよ、余裕!いや、点数は置いといて、俺の心の余裕がさ!」


「それ、余裕って言わないよね」


僕が突っ込むと、ヒロキングは笑いながら肩をすくめた。


「いいんだよ!テストの点数なんて気にしたって仕方ねえし。で、片桐と高塚はどうだった?」


「パーフェクト。たぶんね」


「僕もそれなりかな」


「マジかよ、さすがだなー!片桐、お前もパーフェクト狙ってけ?」


「言われなくても頑張ってるよ」


咲乃がクスッと笑い、ヒロキングの言葉に少しだけ救われたような気がした。


こんなふうに笑っていられるのも、試験が終わったからこそだろう。


午後からは久しぶりの部活動だった。


試験期間中は活動停止していたため、道場に向かう足取りは自然と軽くなる。


部室に入ると、咲乃は早速練習着に着替えていた。


練習着は少しトレーナーのようにダボッとしていて、身長が小柄な彼女が着ると、ますます子供っぽく見える。


もっとも、そんなことを言えばまた蹴られるだろうから黙っていたが。


ゴム弓を手に道場へ向かうと、既に先輩や部員たちが談笑しながら準備を進めていた。


試験明けの解放感が全体に漂っている。


「久しぶりだねー!」「テストどうだった?」などと声を掛け合う部員たちの輪に入りながら、僕も道具の準備を進める。


練習はまずゴム弓を使った基本動作の確認から始まった。


僕が弓を引くと、近くにいた咲乃がじっとこちらを見ているのに気づいた。


「なに?」


「別に。ただ、引き方がぎこちないと思っただけよ」


「練習してる人に言う?」


「事実を言っただけ。でも……」


彼女は言葉を切り、小さく笑みを浮かべた。


「最初の頃に比べれば、ちょっとはマシになったんじゃない?」


「褒めてるの?それ」


「……気のせいかも」


ふいっと顔をそらす咲乃の耳が、少し赤くなっているのが目に入った。


お互い初心者同士、まだまだぎこちない動作だが、少しずつ成長しているのを実感できる瞬間だった。


「片桐くん、右手が少し力みすぎてるよ」


矢野先輩が穏やかな声で指摘してくれる。


2年生で部長を務める彼女は、誰にでも丁寧に接しつつ、的確な指導を行う頼れる存在だ。


その優しい指導のおかげで、部員たちの信頼は厚い。


「ありがとうございます!」


僕は指摘された点を意識しながら再び矢を放つ。


巻藁に深く刺さる矢を見て、矢野先輩が小さく頷いてくれた。


「6月中旬には県予選大会があるんだ。3年生にとっては最後の大会だから、みんな気合が入ってるの」


練習後、先輩は道場を片付けながら教えてくれた。


「大会が終わったら、3年生が引退する。その後は1年生の君たちが中心になるから、今のうちに基本をしっかり覚えておいてね」


頼りになる先輩の言葉に、少しだけ背中を押された気がした。


練習を終え、夕焼けに染まる校舎を後にする。


道場からの帰り道、僕と咲乃は並んで歩いていた。


「疲れた?」


何気なく声をかけると、咲乃は一瞬だけ迷うようにしてから小さく頷いた。


「ちょっとだけね。でも……今日は充実してた」


夕日を見上げる彼女の横顔が印象的だった。


咲乃は不意に足を止め、静かに呟く。


「テストも終わったし、久しぶりに部活もできたし、今日はいい日だった。……でも、これからもっと大変になるんでしょ?」


「まあね。でも、やるしかないよな」


そう答えると、咲乃がじっと僕を見つめた。


「……いいわね。私がそばにいるんだから、あなたも成長するはずよ」


「それ、上から目線すぎない?」


「事実よ」


彼女のクールな笑みが、いつもより少しだけ優しく見えたのは、きっと気のせいじゃない。


夕焼けが長く影を伸ばす中、僕たちはそれぞれのペースで少しずつ前に進んでいくのだろう。


部活動に、学業に、そして自分自身に。


未来の可能性を感じさせるその夕景が、静かに僕たちの帰り道を照らしていた。

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