第38踊 宮本いづみは食べさせたい。
勉強はおおよそ1時間で100キロカロリー消費すると言われている。
そして僕たちは食べ盛りの高校生だ。
朝から数時間勉強していたせいか、部屋に微妙な沈黙が漂い始めていた。その時、
ぐぅ~~~
静まり返る部屋。誰かのお腹がなった。
犯人は……佳奈だ。
「あはは、お腹すいたねぇ~」
「私もお腹ペコペコだよ~」
佳奈といづみが空腹を訴えていた。
午前中の勉強でわかったが、この2人は勉強が得意ではない。
勉強が苦手なふたりが頭を使うということは常人の2倍カロリーを消費しているに違いないだろう。
そんなことを考えていたら、いづみがおもむろに立ち上がった。
「そろそろお昼だし、お腹もぺこぺこだし、お昼ご飯にしよっか!」
佳奈が勢いよく「お昼ごはんにしよー!」と同意していた。
「僕とヒロキングで何か買ってくるよ」
僕とヒロキングは立ち上がって買い物に行こうとしたらいづみに呼び止められた。
「大丈夫だよ2人とも!私がお昼ご飯を振る舞うから!」
サムズアップをしているいづみを除く4人の時が一瞬止まったように思えた。
みなが交流会でのカレー作りの惨劇を思い浮かべていた。
ジャガイモの剥き方もわかっていなかったのに大丈夫なのか。
そうとも知らず、いづみは「秋渡くんは何が食べたい?」と聞いてきた。
無邪気な笑顔が逆に心の善意に刺さる。
こういう場面で助け舟を出せる男がいる。
そう、それはヒロキングだ。
僕はヒロキングに目で合図を送った。
いわゆるアイコンタクト。
ヒロキングは僕の合図が分かったのか任せろと口を動かしていた。
「宮本の手料理が食べれるって最高だな!胃袋をつかまれたら虜になってしまうかもしれんな!」
僕を見ながら周りを煽る発言をするな。
案の定、反応する2人の少女。
「いづみはお疲れだから私が作ってあげるよ~」
佳奈が反応した。
それに呼応するように、
「あなた達は下がってなさい。私が美味しいご飯を作るから」
咲乃も参戦した。
世はまさに三国時代に突入していた。
3人がお互い譲ることなく、「いいよいいよ、悪いよ~」と言い合っている。
ヒロキング、お前場を乱しただけじゃないか。
僕は避難の目を向けると、ヒロキングは小声で話した。
「これがかの有名な、天下三分の計ってやつだ」
得意気に話してきたのどとりあえずどついた。
「最後まで責任取れ軍師ヒロキング!」
ヒロキングはニヤついていた。
こいつ、この場を楽しんでやがるな。
「それなら料理対決でもするか?」
ヒロキングの一言で戦いの火蓋は切られた。
女の子3人で買い物に行ってくるということで家に残された男2人。
「なぁ片桐、誰が勝つかハッキリわかる試合だよな」
「あぁ、だから反応に困るんだよ」
お互い誰が勝つかは分かりきってるみたいだった。
すると、部屋をノックされて一人の女性が入ってきた。
優しい雰囲気を身にまとった、どこかいづみの面影がある顔をしていた。
まるでいづみが大人になったみたい。
「初めまして、私はいづみの母のなつみです。いづみと仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
彼女はいづみのお母さんでなつみさんという。
僕たちは軽く自己紹介をした。
「あなた達が片桐くんとヒロキングなのね」
どうやらいつも僕たちの話をしているらしい。
「いづみがあなた達の話をする時はすごく楽しそうなよ~。突然料理を教えて欲しいとか言い出したから気になってたけど、そっかなるほどねぇ~」
それからなつみさんと世間話というか、僕たちの話をしていたら3人が帰ってきた。
「あ、お母さん!来なくていいって言ったのに~」
「いづみが友達を連れてくるなんて初めてじゃない!気になっちゃってついね~」
咲乃と佳奈もあいさつを交わしていた。
「2人とも可愛いわね~!いづみ、ライバルは手強いわよ~」
「も、もう!お母さんあっちいってて!」
いづみは顔を赤くしながらなつみさんをグイグイ押していった。
しばらくして、いづみが帰ってきた。
「こほん。ということで今から第1回料理対決を開催します!」
なぜかみんな拍手をしていた。
すると佳奈がすかさず手を挙げながら宣誓した。
「宣誓。私たちは誠心誠意戦うことを誓います」
さすが陸上女子、絵になる。
てかノリと勢いがすごいな。
なんやかんやで対決がスタートした。
順番は、①いづみ②咲乃③佳奈の順らしい。
「まずは私から作るからくつろいで待っててよ」といい、いづみはキッチンへと消えた。
火事にならないことを祈るばかりだ。
しばらくしていづみが料理を手にして帰ってきた。
いづみが持ってきたのは、少し焦げ目のついたしょうが焼きだった。
ジュワッと広がる香ばしいしょうがの香りが空気を満たし、食欲を刺激する。
肉の焼き加減は絶妙とは言い難いが、厚さがある分、しっかりと噛みごたえがありそうだ。
お皿には付け合わせのキャベツの千切りが添えられている。
千切りの細さや長さにはバラつきがあったが、丁寧に努力した跡が見える仕上がりだ。
全体的に家庭的な温かみを感じさせる一皿だった。
「これ、しょうが焼きの香りがすごくいいね。」
僕は箸を取り、一切れの肉を口に運んだ。
噛んだ瞬間、甘辛いタレがじゅわっと広がり、しょうがの風味がふわっと鼻に抜けた。
思った以上にしっかりと味が染み込んでいる。
「……これ、すごく美味しいよ。味が丁寧についてるし、肉も柔らかい。正直、驚いた。」
感想を口にすると、いづみが一瞬固まった。
次の瞬間、視線をそらしながら口元を押さえ、微かに肩を震わせて笑った。
「そ、そんなに褒められると……なんか恥ずかしいな。でも、ありがとね、秋渡くん。」
照れ笑いを浮かべるいづみを見て、なんだかこちらが気恥ずかしくなった。
佳奈がその様子を見て、からかうように言う。
「いづみちゃん、なんか顔赤くなってる~。ねぇ、ヒロキング、見た?」
「見た見た!宮本のこの反応、レアだぞ!」
ヒロキングもすかさず乗っかる。
「も、もう!佳奈ちゃんもヒロキングも、そんなこと言ってないで早く食べてよ!」
いづみが拗ねたように二人に向かってお皿を押し出す。
その仕草にみんなが笑い出した。
佳奈が一口食べて、感心したように頷く。
「うん、これ、ご飯がすすむ味だね。いづみちゃん、すごいじゃん!」
咲乃も静かに箸を動かし、一口食べると無表情で頷いた。
「……まぁ、食べられるどころか普通に美味しい。意外ね。」
最後に小さく「やるじゃない」と付け加える声が少しだけ悔しそうだった。
いづみは再び照れ笑いを浮かべながら、少しだけ胸を張る。
「みんなが美味しいって言ってくれて、本当に嬉しいな。頑張って良かった……」
その表情に、僕たちはつい微笑んでしまう。
和やかな空気の中、ヒロキングがぼそりと呟いた。
「これ、思ったより接戦になるかもしれないな。」
「そうね。なら、次は私の番ね。」
咲乃がスッと立ち上がり、髪をかき上げながら宣言する。
「今度は本物の味を見せてあげるわ。」
キッチンに向かう咲乃の背中を見送りながら、料理対決の緊張感はさらに高まっていった。




