第36踊 抜けがけは禁止だよ
クラス内は真面目な空気に満ちていた。
クラスマッチの祭り騒ぎはどこへやら、机に向かい教科書や参考書を開く姿が目立つ。
僕もその一人だ。
理由は単純、中間テストが迫っているから。
進学校であるこの学校では、中間テストの結果が学内順位に反映される。
さらには、1年生終了時の進級時に特進クラスか普通クラスに振り分けられるため、みんな必死だ。
僕は数学の参考書「青チャート」を開き、テスト範囲の問題を解いていた。
簡単な計算問題を解いて頭をほぐし、次は文章題に取りかかろうとしたその時、隣の席から声をかけられる。
ヒロキングだ。
「片桐、来週からテスト期間で部活休みになるから放課後勉強会しないか?」
「イヤミか貴様ッッ」
今なら鬼の背中を出せるんじゃないだろうか。
顔良し、運動神経良し、そして頭も良し。
そんな三拍子揃った彼が勉強会を提案してくるなんて、僕にとっては煽りにしか聞こえない。
神様、不公平だと思いませんか?
「いやいや、俺はお前とまた同じクラスでいたいだけだって」
ナチュラルに思わせぶりなことを言うな。
僕が女の子だったら、確実に惚れてたぞ。
「……わかったよ、やるよ」
渋々返事をすると、ヒロキングは満足そうに笑った。
その笑顔だけでどれだけの女の子が心を射抜かれていることだろう。
許すまじ。
「いいわね、それ。私も参加するわ」
会話に割り込んできたのは、高塚さんだ。
「高塚さんって……」
僕がそう言いかけた瞬間、すさまじい圧を伴って訂正を求められる。
「咲乃。ちゃんと名前で呼びなさい」
「わ、わかったよ。で、咲乃は勉強苦手なの?」
「別に普通よ。毎日コツコツやってるし、大丈夫だけど。やるに越したことはないでしょ?」
ぐぅの音も出ない正論だ。
普通はそんなこと、なかなか続けられないはずなのに……。
やっぱり彼女は努力型なんだろう。
「そ、それに……秋渡が私について来れないと、同じクラスになれないじゃない!ちゃんとついてきなさいよ!」
照れくさそうに言われると、こっちもどう反応していいかわからない。
横でヒロキングがニヤニヤしているのが、さらに癪に障る。
もしかして、これ、仕組んでた?
ともかく、来週の放課後に勉強会をやることが決まった。
そして時は流れ金曜日。
テスト期間が始まると部活動は休みになるため、これがテスト前最後の部活だ。
僕たち弓道部員は、射法八節を体に叩き込むように練習を続けていた。
まずはゴム弓で基礎を確認し、それから本物の弓を使って実践に移る。
実際の弓は、ゴム弓とは比べ物にならないほど力が必要だ。
特に、上腕三頭筋を使うのが理想だが、どうしても肩に力が入ってしまう。
結果、肩が上がり、不格好な姿勢になりがちだ。
「片桐くん、肩の力を抜いて。こう、リラックスするようにね」
矢野先輩が背後から僕の肩をもんでくる。
そのたびに、背中に突き刺さるような視線を感じるのは気のせいだろうか?
「ここの筋肉を意識して引くんだよ」
矢野先輩は僕の二の腕を触りながら指導してくれる。
その視線がさらに強くなった気がするのは、たぶん、気のせいじゃない。
その視線の主は……咲乃だ。
「咲乃ちゃんはしっかり上腕三頭筋で引けてるね」
「ありがとうございます!」
矢野先輩に褒められた咲乃が、嬉しそうに返事をしている。
けれどその次の瞬間、矢野先輩は彼女の顔を右手で軽くつかみ、優しく横へ向かせた。
「でも射法八節としてはダメだね。物見ができていない。こっちを見すぎ」
咲乃の頬が少し赤く染まる。
それを見て、僕はつい呟いてしまった。
「美人同士がやると絵になるなぁ……」
もちろん、その発言は矢野先輩にしっかりと聞かれてしまっていた。
「誰が休んでいいって言った?」
厳しい声と共にお叱りを受けたのだった。
矢野先輩は部活中は人が変わって厳しいのだ。
家に帰り夕食を食べ、ベッドで横になりながらテスト範囲を確認しているとスマホがなった。
かなり通知が来ていてグループLINEでは会話が盛り上がっていた。
いづみ「みんな起きてる?」
ヒロキング「こんな時間に寝るわけないだろおじい さんかよ」
佳奈「…zzZ」
いづみ「おばあちゃん!?」
咲乃「あなたたちうるさいわよ」
いづみ「おばあちゃんが2人!?」
ヒロキング「笑」
佳奈「笑」
咲乃「どういう意味か詳しく聞かせてもらおうかしら」
いづみ「ごめんなさい~」
いづみ「ところでみんなテスト勉強どうするの?」
ヒロキング「俺は家でやりつつ放課後は片桐と高塚とやる予定」
佳奈「なにそれ聞いてない!私もやるよ」
いづみ「わたしもわたしも!」
ヒロキング「お前らいたら勉強にならなさそうだな。てかそもそも学科違うからテスト違うだろ」
いづみ「被ってるところは一緒だよ!」
いづみ「秋渡くん、よかったら明日一緒に勉強会しない?」
送信メッセージを削除しました。
いづみ「ごめん!間違えた!」
ヒロキング「明日な、了解」
佳奈「いやアホすぎ!抜けがけ禁止!明日ねおっけー」
咲乃「……どういうことかしら」
なんか勝手に勉強会することになってるなこれ。
まぁいいか。僕は返事を返した。
秋渡「明日ね、了解!」
咲乃「まって、私もいくから!」
いづみ「う~」
ヒロキング「計算でやってたら天才だな」
秋渡「なにが?」
ヒロキング「なんでもない」
それこら僕たちは明日の予定を決めた。
みんなでやる勉強会、楽しみだ。
テスト勉強でワクワクするって不思議な感じ、でも悪くないな。
そう思いつつ僕は眠りに落ちた。




