第35踊 青春の味は焼肉と君の名前
クラスマッチの熱が冷めた休日。
僕たち5人は約束通り、打ち上げにやってきた。
場所はリーズナブルな価格で食べ放題の焼肉店。
運動部で燃費が悪い学生にはぴったりのスポットだ。
案内されたボックス席に座ると、僕とヒロキングが片側に、向かいには宮本さん、高塚さん、平野さんが並んだ。
「片桐、乾杯の音頭頼むわ」
「また僕?まぁいいけど……」
軽く咳払いしてから、グラスを掲げる。
「クラスマッチお疲れ様!勝った人も負けた人も、今日は思いっきり楽しもう!かんぱーい!」
「かんぱーい!」
全員の声が重なり、グラスが軽く触れ合う音が響く。
こういう瞬間、青春っぽいなと思う。
さっそくお肉を焼き始めると、宮本さんが言った。
「咲乃ちゃんだけ負け組ってことになるね~?」
「そ、そういうこと言わないでよ!今日は勝ち負け関係ないんだから!」
「いやいや、私たち勝ち組だもんね~、佳奈ちゃん!」
「うん、そうそう!」
両サイドから畳みかけられ、ぐぬぬと唸る高塚さん。
その表情に思わず笑いそうになる。
「ほら、咲乃ちゃん。このお肉美味しいから食べて!」
宮本さんが焼けた肉を次々と高塚さんの皿に置いていく。
「高塚さんにはこれもおすすめ~」
平野さんも負けじと肉を追加。
気づけば皿には肉の山が築かれていた。
「もういいから!食べきれない!」
高塚さんが手を振って拒否しても、二人はニコニコとよそっていた。
これはもう餌付けだろう。
「咲乃ちゃんのモグモグしてる顔が可愛くてつい……ね?」
宮本さんが僕に同意を求める視線を向けてきた。
「え、あぁ、わからなくはないかな……」
言った瞬間、高塚さんの視線がこちらに突き刺さる。
平野さんは僕の反応になにか閃いたのか突然バクバク食べ始めた。
「私も可愛いでしょ?ね?」
「ただのフードファイターだよ」
「なんでだよぉ!」
そんなやり取りにみんなで笑った。
高塚さんが頬を赤くしているのは、きっと焼肉の熱のせいだ。
ある程度食べた後、クラスマッチの話題が上がる。
「片桐、初戦でめっちゃ緊張してたよな。高塚さんが声かけて立ち直ったけどさ」
ヒロキングの言葉に、みんなの視線が集まる。
「なんて声かけたの?」
宮本さんが興味津々で聞いてきた。
「たいしたことじゃないわ」
高塚さんはそっけなく答えたが、ヒロキングが食い下がる。
「『私が見てるんだから、ちゃんとやりなさい!』ってな。ドラマみたいだったぜ」
「青春だねぇ~!」
平野さんも便乗して、当の高塚さんは顔を赤くしてじたばたしていた。
「そういえば、試合中に『咲乃ーー!!笑えーー!!』とか叫んでたやついなかった?」
今度は宮本さんが笑いを含んだ声で突っ込んでくる。
「そんなやついないよなぁ?」
平野さんがヤンキー風の口調で茶化し、宮本さんはニヤニヤしながら僕を見てくる。
「秋渡くん、だよね?」
「い、いや……」
さらに追い打ちをかけるように高塚さんも冷たい視線を投げてくる。
「そういえば、宮本さんいつから秋渡くんって呼び方に変えたの?」
高塚さんが低い声で尋ねると、宮本さんはにっこり微笑んだ。
「クラスマッチの時に、咲乃ちゃんだけ名前呼びされてたからね。私もお願いしたの。ね?」
堂々とした態度に高塚さんの頬が赤くなる。
「……私だって普段名前で呼ばれてないんだけど」
そう言いながら、ちらっとこちらを見る高塚さん。
平野さんまで同調し始める。
「じゃあ私も佳奈でいいよ!秋渡って呼ぶからさ!」
「ちょっと待って」
ヒロキングが止めに入ると思いきや、さらに煽り始めた。
「もう全員名前で呼べばいいじゃん。片桐、やってみよ!」
視線が3人分重なり、僕は観念した。
「い、いづみ、咲乃、佳奈……これからそう呼ぶよ」
3人は揃って満足げに「うんっ!」と頷いた。
ヒロキングはその様子を見て爆笑している。
やっぱりあとで殴っておこう。
楽しかった焼肉も終わり、僕たちは店を後にした。
次は中間テストが近いな……
そんなことを考えつつ、僕は今日のことを思い返していた。
青春はまだまだ続く。
そんな予感がした日だった。




