第34踊 君に名前を呼ばれる日
体育館は熱気に包まれていた。
1年生のクラスマッチ、バレーボール優勝決定戦が始まるのだ。
体育館の観客席には応援のクラスメイトが集まり、声援や拍手が飛び交っている。
コートに立つ選手たちの顔には緊張と興奮が入り混じる。
高塚さんはいつもより闘志に満ちた真剣な表情で、ボールを持ってサーブ位置に立っていた。
その姿を見た瞬間、彼女のやる気がこちらにも伝わってくる。
敵チームには宮本さん平野さん。
彼女たちもまた、戦いを楽しみにしているようだった。
「咲乃ちゃん、本当にやる気だね~」
敵チームの宮本さんが、高塚さんを見ながら苦笑いしている。
その隣で平野さんが肩をすくめた。
「高塚さん、ああ見えてかなり負けず嫌いだもんね。こっちも全力でいくしかないよ!」
2人とも、敵とはいえその顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。
クラスマッチのバレーボールは、三手で相手コートにボールを返さなければ失点となる。
簡単に言えば、レシーブ、トス、スパイクで相手コートにボールを返すってことだ。
25点先取で優勝となる。
みんなの気持ちが高まる中、いよいよ試合が始まる。
「高塚さん、サーブ任せたよ!」
仲間たちの期待を背負い、高塚さんがコートに立つ。
軽くボールをバウンドさせ、集中した表情でサーブを放った。
ボールは一直線に敵コートへ向かうが……
「任せて!」
宮本いづみが難なくボールをレシーブする。
そのボールを平野さんがトスした。
「宮本さん、いくよ!」
「オッケー佳奈ちゃん!」
高く上がったボールを宮本さんがジャンプしてスパイク。
こちらのコートに突き刺さるように決まり、敵チームが先制点を取った。
「さすが1組、息ピッタリだな……」
こちらのクラスメイトが唸る中、高塚さんはボールを拾い上げていた。
その目には悔しさと、負けたくないという意志が見える。
「次はこっちが点を取ろう!」
その言葉通り、次のラリーで高塚さんは見事なスパイクを決めた。
敵チームの宮本と平野も思わず顔を見合わせる。
「やるね、咲乃ちゃん!」
「そっちもね!」
短い会話の中に、火花が散っているような緊張感があった。
しかし、試合が進むにつれて差は明確になっていく。
宮本さんと平野さんの絶妙なコンビプレーに加え、1組のチームワークが2組を圧倒していった。
高塚さんの顔にも疲れが見え始めていた。
彼女のスパイクの勢いが落ち始めた頃、仲間たちの表情も曇り始めた。
「もう無理かな……」
「ここまでよくやったよね」
試合を諦めかける空気が漂い始めた。
「おい、片桐」
隣のヒロキングが声をかけてくる。
「勝ちにこだわるのもいいけどさ、楽しむのを忘れたらクラスマッチの意味なくねぇか?」
「……楽しむ?」
「高塚さん全然楽しそうじゃねぇじゃん。片桐、何とかしてやれよ」
「いや、それ僕の役目か?」
「お前以外に誰がいるんだよ。彼女を笑顔にできるの片桐だけだろ?」
無茶振りをされ、僕は肩をすくめた。
「高塚さん!楽しめー!」
最初は普通に声をかけてみたが、全く届いていない。
「仕方ないな……」
僕は大きく息を吸い込むと、思い切り叫んだ。
「咲乃ーー!!笑えーー!!楽しんだもん勝ちだぞーー!!」
その声に、高塚さんが驚いたように振り返る。
僕は指で自分の口をニッコリと引き上げる仕草をしてみせた。
「……ぷっ」
一瞬ポカンとしていた高塚さんが、思わず吹き出す。
その笑顔がコートに戻る頃には、彼女の目には新たな輝きが宿っていた。
そこからの高塚さんはまるで別人だった。
笑顔を浮かべながらプレーする彼女に引っ張られるように、チーム全体の動きが活発になる。
「ナイススパイク!」
「よっしゃ、ブロック決まった!」
点差は徐々に縮まっていき、1組を追い詰める展開に。
最後の最後まで粘り続けたが、試合は惜しくも1組の勝利で幕を閉じた。
「ごめん、片桐……応援してもらったのに負けちゃった。」
試合後、高塚さんが申し訳なさそうに僕に近づいてくる。
「惜しかったね。でも、楽しかっただろ?」
僕は握り拳を差し出した。
「うん!楽しかったよ!」
コツン、と拳をぶつける彼女の笑顔に、少しだけ胸が高鳴った。
宮本さんと平野さんが現れた。
「咲乃ちゃん強すぎ!本気で焦ったよ!」
「ほんと、勢いすごかったね!」
「2人のコンビネーションもすごかったよ」
3人でお互いをたたえあっていた。
「優勝おめでとう!」
僕がそう声をかけると、2人は照れくさそうに「ありがとう」と答えた。
「ねぇ、結局誰が輝いてた?」
平野さんが言う。
僕はもちろん答えた。
「みんな輝いてたよ」
そう答えると3人は少し不服そうだったが、最後は納得した顔をした。
またみんなで後日打ち上げをしようということでそれぞれのクラスに戻った。
表彰式、僕はヒロキングに「お前がいってこい今日の主役!」と言われ、代表して賞状を受け取った。
隣にはバレーボールの代表の宮本さん。
宮本さんの隣は百人一首で優勝した5組の女の子だった。
表彰式が終わり、みんなが教室へ戻る途中、宮本さんに呼び止められた。
「優勝おめでとう、かっこよかったよ」
宮本さんが少し照れながらも笑顔で褒めてくれた。
「ありがとう。宮本さんもおめでとう。輝いてたよ」
僕がそう言うと、宮本さんは少し不服そうな顔をしていた。
「ねぇ、いつまで『宮本さん』なの?私も咲乃ちゃんみたいに、いづみって呼んでほしいんだけど」
唐突な申し出に、僕は思わず硬直してしまう。
「えっ……そ、それは……。」
「ダメ?」
宮本さんが首をかしげる仕草に、心臓が跳ねた気がする。
「……い、いづみ」
ぎこちなく名前を呼ぶと、宮本さん……いづみは満足そうに笑顔を見せた。
「うん、それでいいよ。ありがとう……秋渡くん」
名前を呼び合った瞬間、何かが変わったような気がした。
けれど、その様子を高塚さんと平野さんがじっと見ていたことに気づくと、慌てて視線をそらした。
こうして、僕たちのクラスマッチは幕を下ろした。
結果は負けたけれど、少しだけみんなとの距離が縮まった気がする。




