第26踊 高塚さんの思い出の場所を巡る
翌日、高塚さんと遊ぶ日がやってきた。
午前中から弓道部の練習があるが、いつも冷静な彼女もどこかソワソワしているようだった。
「片桐、ちゃんと時間通りに来なさいよね」
「わかってるって」
そんなやり取りをしつつ、僕は午後の待ち合わせに備える。
場所は駅前。
予定より少し早めに到着した僕が彼女を探していると、不意に視界に入ったのは普段の彼女とはまるで違う姿だった。
「……高塚さん?」
目の前に現れた彼女は、普段のクールなイメージとはまるで違う雰囲気だった。
白地に薄いピンクのフリルがあしらわれたブラウスは、袖がふんわりと膨らんでおり、袖口には小さなリボンが結ばれている。
スカートは淡いベージュ色のフレアスカートで、裾には花柄の刺繍が施されていた。
その柔らかなデザインが、彼女の小柄な体型にとても似合っている。
それに合わせたリボン付きのバッグまでもが完璧にコーディネートされている。
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいんだから」
そう言いながらも、耳まで赤く染まった彼女はどこか嬉しそうだった。
「いや、すごく似合ってるよ。可愛いと思う」
「……っ、当然でしょ。せっかく今日のために選んだんだから」
そう言いながらも、彼女の表情は終始上機嫌だった。
「で、今日はどこに行くんだ?」
「ふふん、それは着いてからのお楽しみよ」
彼女に連れられるまま駅を出て、向かった先は少し離れた小さな商店街。
「ここ、私の思い出の場所なの」
昭和の面影をそのまま残したその通りは、古い商店や縁日の屋台が並び、どこか懐かしい空気を漂わせている。
「すごいな、ここ。なんか知ってる気がする」
僕がそう言うと、高塚さんは少しだけ笑った。
「そういうのって、あるわよね」
それだけ言って、彼女は特に深く説明することはなかった。
通りを歩きながら、射的や金魚すくいを横目で見ていると、彼女が小さな駄菓子屋を指差した。
「ねえ、あそこのラムネ、まだ売ってるのかな?」
「ラムネ? ……飲んだことあったかな?」
僕が首を傾げると、彼女は「どうだろうね」とだけ答えて、そのまま店の中へ入っていった。
駄菓子屋を出てからも、高塚さんは特に何も言わずに僕を連れて歩く。
ただ、歩くたびにふと立ち止まり、「ここも変わらないわね」とか「これ、まだあったんだ」と呟く。
「あの縁台、いい感じだな。座っていこうか?」
僕がそう提案すると、彼女は頷き、少し離れた場所にある縁台に腰を下ろした。
座りながら飲むラムネは、妙に心に染みる味がした。
瓶の中でカラカラと音を立てるビー玉を眺めていると、高塚さんがぽつりと呟く。
「やっぱり、覚えてないんだね」
「え?」
「なんでもない。別にいいのよ」
少しだけ寂しそうなその横顔を見ても、僕には何を言いたいのか分からなかった。
懐かしそうに周囲を見渡しながらそう呟く彼女。
僕もふと周囲を見回すと、心のどこかがざわつく。
「あれ……なんだか懐かしい気がするな。僕も昔ここでよく遊んだ気がする」
「……まだ思い出さないかぁ」
彼女が小さくつぶやいた言葉に思わず聞き返す。
「え? 何か言った?」
「なんでもない。ただ、少しでも懐かしいって思ってくれたならそれで十分よ」
彼女の視線の先には、当時の面影を残した遊具や商店街の古びた看板があった。
一通り歩き回った後、近くの某ドーナツチェーン店に立ち寄った。二人でドーナツと飲み物を注文し、向かい合って席に座る。
「ほら、食べないの?」
「いや、高塚さんが食べてるの見てた」
「何それ……変な趣味ね」
そう言いながらも、ドーナツを頬張る彼女の姿は小動物のようで、つい目を奪われてしまう。
「……何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「いや、可愛いなって思っただけ」
「……っ!」
視線を逸らしつつ顔を赤らめる彼女。
その仕草がまた可愛らしかった。
どうやら今日は蹴られなさそうだ。
帰り道、彼女がふと立ち止まり僕を振り返る。
「今日は楽しかったよ。また遊びに行こっか」
「ああ、もちろん」
そう答えた僕に背を向け、彼女は少しだけ振り返るようにして一言告げる。
「……今度はちゃんと思い出してよね」
その言葉の意味を考えながら、彼女の背中を見送る。
どこか懐かしさを覚える場所、そして彼女の態度。その全てが、僕の中の記憶を呼び起こそうとしているかのようだった。
「……また今度か」
小さく呟きながら、僕もその思い出を心の中で反芻した。




