第21踊 片桐秋渡と高塚咲乃の弓道入門
放課後、正式に弓道部へ入部した僕と高塚さんは、他の新入部員たちと共に弓道場へ向かった。
弓道場の扉を開けると、澄んだ静寂が僕たちを包み込む。
その空間には、厳かな雰囲気が漂っていた。
僕は自然と背筋を伸ばし、深く息を吸い込む。
「はい、みんな注目~!」
柔らかく優しい声が場の静けさを切り裂いた。
声の主は、長い黒髪をきれいにまとめた矢野由美先輩。
彼女は弓道部の部長で、ふんわりとした笑顔を浮かべながら新入部員たちを見渡した。
「今日は、みんなに弓道の基本となる作法を教えます。まずは道場に入るところからね。弓道は形だけ真似しても意味がないから、しっかり心を込めて覚えていきましょう。」
その一言で、僕たち新入部員は自然と姿勢を正した。
「まず、道場に入るときは一礼をします。」
矢野先輩は一歩前に出ると、入り口で丁寧に礼をした。
その動作は流れるようで、無駄な動きが一切ない。
場の空気が一瞬にして引き締まり、僕は思わず息をのむ。
「この一礼は、道場、弓、そしてここで学ぶ全てに対する敬意を表すものよ。形だけでなく、心を込めることが大事なの。」
僕も見よう見まねで礼をするが、なんだかぎこちない。
背中に視線を感じて振り返ると、隣の高塚さんがスムーズに動作をこなしていた。
その自然な姿に少し焦る自分がいた。
「片桐くん、腰をもう少し落としてみて。そうすれば背筋がまっすぐになるわ。」
矢野先輩が優しく指導してくれる。
「はい、ありがとうございます!」
「それじゃあ次に進みましょう。」
矢野先輩は足を揃え、音を立てないようにスリ足で歩き始めた。
「道場内では音を立てないのが基本よ。足の裏全体を使って、床を滑るように歩いてみて。」
僕はその言葉通りにやろうとしたが、少しの隙間風に「キュッ」と音が鳴る。
「片桐くん、もっとゆっくり重心を移動させて。」
矢野先輩のアドバイスを受け、再び挑戦する。
一方、高塚さんは最初から音を立てずに滑らかに歩いていた。
彼女の姿を見て、矢野先輩が感心したように声をかける。
「高塚さん、初めてなのにすごく上手ね。何か武道の経験があるの?」
「いえ、特には何もやっていません。」
「そうなんだ。それにしては体幹がしっかりしてるね。その感覚、大切にしてね。」
高塚さんは小さくうなずく。
その落ち着いた態度に、僕はまたしても焦りを感じてしまう。
最後に矢野先輩は道場の中央付近で立ち止まり、再び一礼した。
「これで道場に入る作法は終わりです。一つひとつの動作に意味があるから、形だけ覚えるのではなく、心を込めて行ってくださいね。」
僕たち新入部員は声をそろえて「はい!」と答えた。
「次は射法八節の基本とルールを説明するわよ。弓道は危険を伴う武道だから、気を抜かずに学んでいきましょう。」
続いて僕たちはゴム弓を使い、射法八節の基本を学ぶことになった。
ゴム弓を引くとき、使わない筋肉が悲鳴を上げる。
上腕三頭筋や背中の筋肉がじんわりと熱を帯びていく感覚が新鮮だった。
「弓道では、一射目は技術、二射目は体力、三射目は精神力。そして四射目は人格者でなければ中らないと言われています。」
矢野先輩の言葉が道場に響き渡る。
「人格者……」
僕は心の中でその言葉を繰り返した。人格者なんて、自分には遠い存在のように思える。けれど、いつかその境地にたどり着けるだろうか。
練習が終わるころ、僕の腕はすっかり疲れていた。
けれど、その心地よい疲労感に満たされながら、僕は一歩ずつ成長していく実感をかみしめていた。
翌日の筋肉痛が少し心配ではあるけれど、それもまた新しい経験だ。
高塚さんの横顔を見ると、彼女は涼しい表情でゴム弓を戻している。
なんだか僕よりずっと余裕があるように見えて、内心ちょっと悔しい。
最後にに試合のルールを説明してもらった。
試合は団体戦で、4人一組でそれぞれ4本の矢を射ち、16本の矢で何本当たるかを競う。
個人戦も同じく4本の矢を射って、得点を競い合う。
もし同数の場合は、的の中央に近い方が勝ちとなる。
あるいは、どちらかが外すまで続けられることもある。
「それじゃあ今日はここまで。みんなお疲れさま。」
矢野先輩の締めくくりの言葉に、僕たちは礼をして道場を後にした。
道場の外に出ると、夕日の光が僕たちを照らしていた。
その中で、僕は明日も頑張ろうと小さく拳を握った。
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