第17踊 片桐秋渡は読みを間違える
カヌー体験を終えた僕たちは施設に戻った。
残りの予定はお昼ご飯を食べて清掃をし、バスで学校に帰るだけだ。
いつも通りヒロキングと食堂に行き、空いているテーブルに座った。
周囲を見渡すと、高塚さんがまたクラスメイトに餌付け……いや、無限に食事をもらっている。
寝食を共にするってすごいなと思う。
最初はひとりでいることが多かった高塚さんも、今ではすっかり馴染んできた。
僕はというと、ヒロキングとしか食事していない。
なんだか考えるのが面倒になって、箸を持つ手を動かし始めた。
そのとき、賑やかな声が耳に入る。
盛り上がっているテーブルを見れば、やっぱり宮本さんと平野さんの姿があった。
あの二人が揃うと華があるし、周囲も楽しそうだ。
ふと視線を感じて振り向くと、宮本さんと目が合った。
一瞬ドキリとしたが、すぐに食べ物へ視線をそらした。
「片桐くん、一緒してもいいかな?」
聞き慣れた明るい声が耳に届く。
顔を上げると、トレーを持った宮本さんが立っていた。
「え、ああ、もちろんいいよ。向こうは抜けてきて平気なの?」
宮本さんが先ほどまでいたテーブルをチラリと見ると、あちらの視線もこちらに集中していた。少し怖い。
「今日は『片桐くんと食べる』って言ってきたから平気だよ!」
宮本さんは笑顔でそう言った。
けど向こうのテーブルから送られてくる視線は、全然平気じゃない感じがする。
「それに、片桐くんとお昼ご飯食べたかったし。昨日は咲乃ちゃんと食べてたし、夜には佳奈ちゃんともコソコソ会ってたみたいだしね~」
宮本さんがジト目で僕を見てきた。
そんな彼女の様子が可愛くて、つい吹き出してしまう。
「ちょっと! 今の笑うところじゃないでしょ!」
宮本さんは頬を膨らませて「私怒ってます」アピールをしていた。
そういうところも可愛い。
するともう一人、トレーを持った人影が近づいてきた。平野さんだ。
「夜のこと、責任……取ってよね?」
「責任って……どういうこと?」
宮本さんがやたら動揺している。
僕は慌てて抗議した。
「ちょっと待て! 誤解を生む言い方をするな! 何もしてないだろ!」
「いや~、ごめんごめん。そういう流れかと思って!」
平野さんは軽く舌を出しながら笑う。
軽すぎるだろ、そのノリ。
ヒロキングは「責任を取るのは大事だ」と妙に真面目に頷いている。お前も乗るな。
背中に刺すような視線を感じた。
振り返らなくてもわかる。
これは高塚さんだ。
目が合ったら命が危なそうなので、振り向くのはやめておこう。
ドレッシングを取ろうとして手を伸ばしたとき、宮本さんの手に触れてしまった。
「あ、ごめん」
僕は反射的に謝った。
「……片桐くん、前も言ったけど、そうやっていきなり手を触ろうとするのはよくないよ? えっちだ……」
宮本さんが頬を赤く染めながら、上目遣いで言ってきた。
「いや、宮本さんこれはっ……!」
僕が言い訳しようとしたその瞬間、平野さんが僕の手を掴んで口を開いた。
「お巡りさん、この人が触ってました!」
「12時30分、現行犯逮捕。ちょっとそこまで来てもらおうか」
ヒロキングもノリノリでそう言ってくる。息ぴったりすぎるだろ。
宮本さんを見ると、楽しそうにケラケラ笑っていた。
こいつら……僕で遊んでやがるな。許すまじ。
ならば仕返しをするしかない。
僕は宮本さんの手をギュッと握った。
「はぅ……」
宮本さんの顔がボンッと赤く染まり、湯気が出そうなくらい真っ赤になる。
「触るっていうのはこういうことだ」
そう言って得意げに胸を張る僕を見て、平野さんとヒロキングが少し引いていた。
「あのさ、片桐。さすがにそれはないわ~」
「片桐くん、それはちょっとないよ~」
あれ? 思ってた反応と違うんだが。
微妙な空気が漂い始めた。
宮本さんは恥ずかしそうに俯きながら、ぽつりと一言だけ言った。
「……えっち」
平野さんはニヤリと笑って指を指した。
「今日からお前は“えちぎり”だな!」
「やめろ! 微妙に言い返しづらいんだよ!」
僕が抗議している横で、ヒロキングと宮本さんが「えちぎり」「えちぎり」と繰り返して笑っている。
背中からの視線はもう体を貫通していた。
もってくれよ僕の足、高塚拳3倍だ……!
なれないことはするもんじゃないなと、心底思った昼食だった。
昼食を終えた僕たちは清掃を済ませ、荷物をまとめて学校へ向かった。
「家に帰るまでが交流会ですよ~!」
天使先生がテンプレートなフレーズを口にする。
学校に着いて解散となり、みんながそれぞれ帰路についた。
こうして試練の日は幕を閉じた。
宮本さんたちとは仲良くなれたと思うけど……高塚さんの視線だけはトラウマになりそうだ。
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