第16踊 宮本いづみのサムズアップは可愛い
ウォークラリーやカレー作りで疲れていたのだろう、僕は見慣れない天井の下でぐっすり眠っていた。
ここは青少年交流の家。
そう思い出した時、まだ起床時刻には1時間ほど早いが、人が動く気配がした。
そっと目をやると、ヒロキングだった。
「わりぃ、起こしちまったか?」
「いや、ちょうど目が覚めたところだよ」
ヒロキングはすでにジャージ姿だった。
どうやら朝のランニングに行くらしい。
「片桐も昔みたいに一緒に走るか?」
昔みたいに、ね。
僕は少しだけ中学時代のことを思い出していた。
ヒロキングとともに始めたソフトテニス。
同じ練習量だったはずなのに、上手くなるのはヒロキングだけだった。
僕は嫉妬して、勝手に諦めて、だけどヒロキングは最後まで僕を気にかけてくれていたんだ。
そういう優しいところがあるんだよな、うちの王様は。
「……あぁ、たまにはいいかもな」
僕はジャージに着替え、ヒロキングとともに施設の周りを走り始めた。
久々のランニングはきつかったけど、不思議と心は軽かった。
少しペースを落としていると、背後から足音が近づいてくる。
振り返ると、ポニーテールを揺らしながら平野さんが駆け寄ってきた。
「おはよう、二人とも!朝から元気だね〜!」
「おはよう平野さん」
「うっす、平野」
平野さんは僕らに追いつくと並走を始めた。
二人とも僕にペースを合わせてくれている。
少し申し訳なく思いつつ、その優しさに甘えることにした。
「ヒロキングはともかく、片桐くんが朝からランニングなんて珍しいね。もしかして、今日のカヌーが楽しみで眠れなかったの?それとも……私との昨夜の逢瀬を振り返って興奮してる?」
「そんなわけあるか!変な言い方するな!」
「片桐、興奮してるって……溜まってるのか?」
「ヒロキング、お前は黙ってろ!」
くだらない話をしながら、僕らは走り終えた。
朝食の時間になり、僕たちは食堂へ向かった。
平野さんは宮本さんや数人のグループと賑やかに食事をしている。
その中には昨日僕たちを牽制してきた男子もいたが、厄介事になりそうなので関わらないようにしよう。
ヒロキングと適当に食事を手に取り、空いているテーブルに座る。
すると隣に小柄な影が座り込む。
高塚さんだ。
「おはよう。私も一緒にいい?」
「あぁ、別にいいけど。昨日の人たちは?」
高塚さんは、昨日はクラスの女子と楽しそうに食べていたはずだ。
「……あの人たちと食べると、終わらないのよ。食べても食べてもお皿にどんどん食べ物が乗るのよね。そんなことで大きくなれたら苦労しないわ」
そう言って溜息をつく高塚さん。
どうやら昨日、餌付けされたことがトラウマになっているらしい。
でもまぁ、そんなに不機嫌じゃないし、満更でもないんだろうな。
心の中でそう思いながら、僕たちは他愛ない話をしつつ朝食を終え、カヌー体験の集合場所へ向かった。
カヌー体験は近くの川で行われる。
「みんな、ライフジャケット着けて!付けないと落ちたら助からないよ!」
インストラクターの兄さんの声がやたら緊張感を煽る。
冷たい川に落ちる自分を想像して、僕は少し怯えた。
宮本さんが早速手を挙げた。
「競争しようよ!勝った人にはジュース奢りで!」
みんなノリノリで賛成し、いざスタート。
パドルを必死に漕ぎ始めたが
「うおお、曲がらない!曲がらないってば!」
平野さんがすでにカヌー操作に苦戦している。
案の定、バランスを崩して豪快に転覆。
「ぶはっ、水が冷たっ!助けて!」
「佳奈ちゃんどんまい!」
「平野さん、溺れるなよ!」
「平野さん、ライフジャケット来ててよかったわね」
「平野、だせぇぞ」
みんなで爆笑しながらも一応助けに行く。
レースを仕切り直してスタートした。
先程平野さんをバカにしてたヒロキングだったが
「うおっと、危ねえ!」
別の班の女子たちのカヌーと衝突しかけ、パニックになっていた。
そして……彼も水中へダイブ。
「ヒロキング、女子守ろうとして落ちたってことでいいのか?」
「まぁ……そういうことにしてくれ……」
水浸しになったヒロキングがやけに爽やかにキラキラしてるのが悔しい。
一方、前を見ると、宮本さんと高塚さんがガチのデッドヒートを繰り広げていた。
パドルの音がバシャバシャ響き、まるでオリンピックのような迫力だ。
僕は全力で漕ぐけど、どう頑張っても追いつけない。二人とも速すぎる。
結局、勝ったのは宮本さんだった。
「やったぁ!私の勝ち~!」
「くっ、悔しい……次は負けない!」
高塚さんがめちゃくちゃ悔しそうに唇を噛んでいる。
この交流会で2人も少しは仲良くなれたみたいだ。
そんな二人を眺めていたら、宮本さんが僕にサムズアップして笑ってくれた。
宮本さんは笑顔の似合う可愛い女の子だ。
高塚さんはそれを見てこちらに振り返り僕を睨んでいた。
その後、宮本さんと高塚さんが何やらコソコソ話し始めた。
「片桐くん、ちょっと来て!」
「え、何?」
言われるがままカヌーを寄せた瞬間――
「せーのっ!」
「えっ、ちょっ、待って――うわぁ!」
僕のカヌーが華麗に転覆。
水中に突っ込む僕を見て、二人は爆笑している。
「咲乃ちゃん、最高に面白かったね!」
「うん、片桐、ちょろすぎ!」
……これは仕返しが必要だ。
そんな時、背後から忍び寄る平野さんの影が。
アイコンタクトを交わし、僕たちは無言の作戦会議を開始した。
「助けてくれ……溺れる!」
わざとらしく叫ぶと、二人が心配そうにカヌーを寄せてきた。
「大丈夫?ほら、私たちの手を掴んで――」
「せーのっ!」
僕は二人の手をつかんで引っ張り、後ろから平野さんが勢いよくカヌーを押す。
「なっ、何――!?」
「これが私を笑った罰だー!」
ドボーン!
宮本さんと高塚さんが派手に転覆。
湖に沈んだ二人が水面に顔を出し、ずぶ濡れのまま僕たちを睨む。
「ちょっと、片桐くん、佳奈ちゃん!何してくれちゃってんの!?」
「2人とも覚えてなさいよ……!」
二人が本気で怒っているけど、僕たちはその様子に大笑いしてしまう。
笑い声と水しぶきが飛び交う中、僕たちのカヌー体験は賑やかに幕を閉じた。
……まぁ、こんな日があっても悪くないよね?
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次で青少年交流の家のお話は終わりの予定です。




