第113踊 私何かやっちゃいました?
テニス終わりの帰り道。
ヒロキングと一緒にコンビニでホットスナックを買い、路肩に腰を下ろして小腹を満たしていた。
「久々にあんなに体動かしたよ。こりゃ明日全身筋肉痛だよ」
僕は、串に刺さったからあげ棒を口に放り込みながら呻いた。体のあちこちが悲鳴をあげているのがわかる。弓道では使わない筋肉が完全に疲弊しているようだ。
それに対して、隣でフランクフルトを豪快にかぶりつくヒロキングは、いつも通りの涼しい顔だった。
「日頃から動かさないからだろ。俺みたいに毎朝10km走るか?」
「いやさすがに無理」
即答だ。朝から毎日10km走れる高校生が何人いるだろうか。いや、もはや高校生どころか人間なのか疑問だ。
タッタッタッ。
歩いてる足音というよりは、軽快に走っている足音が近づいてきた。
「休日に二人でこんな時間にいるなんて珍しいね。どしたの?」
呼び声に顔を上げた瞬間、僕の視界に飛び込んできたのは、健康的に日焼けした、すらりと伸びる足。
惜しみもなく太もも付近まで出たハーフパンツ。筋肉猛々しいわけじゃなく、程よい筋肉と脂肪で、バランスの取れた美しいライン。
そこから伸びるハーフパンツの裾が揺れて――って、僕、なに観察してるんだ。
視線を上げると、ランニング用のパーカーを着た見覚えある顔。ぱっと見は人懐っこそうな整った顔立ち……のはずなのに、今はジト目でこちらを見下ろしていた。
「なんだ、佳奈じゃん」
「あぁ、平野だな」
「いやいや、何そのリアクション!さっきまで人の足をくまなく視姦してたくせに!」
……バレてた!?
佳奈はサッと両手で太ももを隠す。逆に隠されると余計にエロく見えるのはどういう心理効果なんだ。学校では絶対教えてくれない。
「いやいや見てないって!誤解だから!」
「俺は見てないぞ。片桐は見てたけどな!じゃあまた学校で!」
ヒロキング、てめぇ……!
僕を売って、1人で自転車に跨り颯爽と逃げやがった。
「へぇ~、ふ~ん。そんなに私の足見たかったの?ねぇ~教えてよ秋渡~」
佳奈がじりじりと詰め寄ってくる。いつの間にか靴を脱いでいて、彼女の足が僕の太ももをさすってきた。走ってきたばかりだからか、ほんのり汗ばんでいて熱を帯びている。ちょ、これはさすがに刺激が強すぎるんだが!?
「ちょ、やめ、佳奈っ……!」
慌てて立ち上がろうとした瞬間、佳奈の体勢が崩れる。支えようとした僕の太ももに、彼女の足がぐいっと踏み込んで――
「なんてね、冗談――うわっ!」
「危なッ――あぁぁぁぁ!!」
「ふにゃって……あれ?私なんかやっちゃいました?」
僕は地面に転がり、腰を押さえて悶絶していた。
「ごめんって秋渡~。踏むつもりなんてなかったんだって」
佳奈は腰をトントンと叩いてくれる。だが、腰は叩いたところで良くならないぞ。むしろ悪化しそうだ。
「あ、でも踏んだ瞬間は硬かったような……」
「もうその話はやめてー!マジで!」
佳奈は首を傾げながらも、なんとなく納得したように頷いた。……いや、ほんとどこまでわかってやってるんだこの子。
「ところで秋渡たちは何してたの?」
「ヒロキングの練習に付き合ってたんだ。新人戦に向けてって。おかげで明日は全身カチコチコースだよ」
「そうなんだ!……じゃあさ、明日は私の練習にも付き合ってよー」
「別にいいけど……練習って何するの?」
「そりゃあもちろん、走るよ!」
「それ僕いる?」
「タイムとか測って欲しい!」
「あーね!了解、理解したよ」
確かに1人じゃ正確に測れないしな。
佳奈はその場で足首をくるくる回しながら準備運動を始める。彼女の揺れるポニーテールを見て、なぜか胸の奥がざわついた。
「それじゃあまたね!それと、踏んじゃってごめんね」
まだ気にしていたのか。別に気にすることなんてないのに。
「あぁ、またな!いいよ、気にすんな。それにご褒美みたいなもんだし」
口が勝手に動いた。なんで僕はこんな時に余計なことを言うんだ。
佳奈はふふっと笑って、僕の顔をじっと覗き込む。
「ちゃんと使えるか確認しなよ?明日硬いままってのはナシだよ!」
「なっ、なに言ってんだ佳奈!」
僕は慌てふためく。いきなり何をぶっ込んできてるんだ!?
「え?さっき自分で言ってたじゃん。筋肉痛でカチコチになるって」
佳奈は小首を傾げながら、無垢な目で僕を見てくる。
――やめてくれ。その純粋な目で見られると逆に罪悪感がすごいんだ。
「あ、あぁ!そうだったそうだった!マッサージしておくよ!」
「ん?なんか勘違いしてた?」
「いやいや!なんでもない!ほんとなんでもない!」
慌てる僕を他所に、佳奈はふふっと笑い、僕に顔を寄せてきた。
そして耳元で、吐息がかかるくらいの距離で囁く。
「マッサージしすぎて、抜かないでよ?」
「なッ!?」
完全にアウトなセリフに僕は頭から火を噴きそうになった。
「じゃあねー!」
佳奈は何事もなかったかのように、軽快に走り去っていった。
夜道に残された僕の耳だけが、熱でジンジンと燃えていた。
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