第109踊 モテる天使と悪魔
文化部の出し物が終わり、各クラスの出店がはじまる。
中庭ではカレーやうどん、クレープなど定番の食べ物が出店される。
その他にも各教室ではお化け屋敷や体験型アミューズメントなどを行っているクラスもあるようだ。
僕らのクラスは天使と悪魔喫茶であり、今は衣装に着替えている。
「はいこれ!片桐くんは天使の衣装ね!」
そう言われて衣装係から渡された衣装は白色のワイシャツに白色のズボン、そして黒色のネクタイだ。ワイシャツの背中には天使の翼が作られていた。
「おぉー!予想通り、いやそれ以上に似合うね片桐くん!」
衣装係の女子たちから拍手が飛ぶ。
普段は控えめな僕が、まるで天使そのものに見えるらしい。
隣ではヒロキングが悪魔の衣装を手に持って不満をたれていた。
「なんで俺が悪魔なんだよ!どちらかと言ったら天使のようなイケメンだろ!」
確かにヒロキングが言うようにどちらかと言ったら天使のようなさわやかさがあるイケメンタイプだろう。まぁ自分で言うなって話ではあるが。
「女の子誑かしてそうだから!」
「カッコイイからって調子乗るなー!」
意外と女子たちが辛辣だった。
どうやらヒロキングの王様時代は終わりを迎えたようだ。
女子たちの辛辣な意見で教室が笑いに包まれる中、ヒロキングは少し不満げだったが衣装に着替えた。
着替え終わったヒロキングは黒いワイシャツと黒ズボンに身を包み、背中に悪魔の黒い翼を背負って立っている。
鏡に映った自分の姿を見て、思わず息をのんだようにみえた。
黒い衣装に身を包んだ彼は、鋭い目元と高身長が強調され、まるで悪魔の王子のように見える。キングだし魔王と言ってもいいだろう。
「……あれ、悪魔姿の俺超イケメンじゃん!」
ヒロキング心の声が漏れたか、周囲の女子たちも同じようにざわつき始める。
「ヒロキングの悪魔姿カッコいい!」
「悪魔の格好似合う……推せる!」
女子たちはキャーキャー言いながらカメラを向け、写真をせがむ。その中には上野さんの姿もあった。
いや彼女なんだから普通に写真撮ったらいいじゃないか。
ヒロキングの王様時代はすぐに復活したようだ。
さっきまで辛辣だった女子を一瞬で懐柔するのずるすぎる。
しかしこの衣装、シンプルに見えてよく作り込まれている。コスプレといっても差し支えないレベルだ。衣装係がかなり頑張ったんだなとわかる。
「ヒロキングと片桐くん、お互いの顔に手を当てて抱き合う感じにポーズとってもらっていい?」
やや鼻息の荒い衣装係の女の子が僕とヒロキングに指示を出す。よくわからないが言われるままポーズをとる。
「なんでお前とこんな気持ち悪いことしないといけないんだ!」
「それはこっちのセリフだ!」
パシャリ。
衣装係の女の子たちが興奮気味に写真を撮る。
「や、やっぱり2人とも完成度たかすぎ!これが禁断の……恋!!」
「エンジェルダークネス最高!」
「2人とも推せる!」
エンジェルダークネス?なんだろう。
まるで推し活してるみたいな興奮気味な衣装係の女の子たちに聞き返してみる。
「エンジェルダークネスって?」
「今めちゃめちゃ来てる大人気BLゲームです!2人とも絶対似合うと思ってたから作りがいがあったよー!主人公の無垢な天使を意地悪な悪魔がくんずほぐれつ―――」
全てを聞き終わる前にすぐさま僕とヒロキングは離れた。衣装は衣装係の趣味、BLを意識したものだった。
次からはしっかり確認しようと思うヒロキングと僕であった。
少し遅れて千穂が衣装に着替えて戻ってきた。
「じゃじゃーん!」
白い翼を背負った千穂は、僕と同じ天使の役だが、その衣装がやたらと大胆だった。
上は腹部がチラ見えする短めのトップス。下はミニスカートで、真っ白な生足が強烈に目を引く。
「ど、どうよ秋渡! 私の天使姿! 天国に連れてっちゃうぞ?」
ウィンクしながら前かがみになる千穂。思わず視線が泳いだ。いや、その……強調されすぎてる部分がある。どこ見てもアウトだ。
「……いや、僕も天使だから、もう天国にいるんだけど」
なんとか苦しい返しをする。
そんな僕の反応を見て千穂は満足げにニヤリと笑った。
「あー、顔赤くなってる~。かわいいやつめ♪」
そこに少し遅れて咲乃が登場した。
「ちょ、ちょっと! なんで私が悪魔なのよ! しかもこれ、露出多すぎでしょ!」
黒いショート丈のワンピースに赤いリボン、背中には黒い翼。スカート丈は短く、網タイツまでセットになっていて、普段の咲乃からは想像できない大人っぽさを醸し出していた。
顔を真っ赤にして裾を押さえながら、僕を睨んでくる。
「み、見るな!」
「いや、見るなって言われても……」
「見るな!」
「す、すみません…」
2人とも先程の僕とヒロキングと同様に「可愛い!」と言われながら写真を撮られていた。
千穂はノリノリで、咲乃は恥ずかしそうにしながら。
あたりまえだが男子たちからもかなり好評だ。
サプライズ衣装恐るべし。
心の中で衣装係にグッジョブしといた。
開店の鐘が鳴ると、天使と悪魔の扮装をした僕たちはそれぞれの担当席へ。
最初にやってきたのは、いづみと佳奈だった。
「秋渡くん、見に来ちゃった!」
「私も~!」
「天国と地獄、どちらになさいますか?」
「「もちろん天国!」」
元気いっぱいに天国席につく二人。
「こちらが天国席になります。どうぞお好きなものをご注文ください」
僕はぎこちなくも笑顔を作って案内する。
知り合いを接客するのってこんなにも恥ずかしいとは思ってもなかった。
「秋渡くん天使似合いすぎ!ちょっとカッコよすぎかも!」
「写真撮ってもいい?」
次々にスマホを構えられ、照れくさいやら恥ずかしいやらで、心臓がドキドキする。
同時に、咲乃の視線が僕に刺さる。
彼女は腕組みをして、眉をひそめ、明らかに機嫌が悪そうだ。
ゆっくりとした足取りでこちらへ近づいてきた。
「ここは撮影禁止よ!」
「え?そんなのどこにも書いてないよー?」
「いまそうなったのよ!」
「ふふっ。天使さん、悪魔を追い払ってください」
いづみと佳奈がニヤつきながら悪魔(咲乃)を煽っている。この2人も悪魔なのでは?
「ほらほら戻りなよ咲乃ちゃん。私に任せてさ」
同じフロアの天使、千穂にいきなり肩を組まれた。
腕に柔らかな感触が、、、。
あきらかに咲乃の機嫌が悪化している気がするが千穂は気づいてないのか?
いや、顔を見るとニヤついていた。確信犯だ。
ここでラグナロクでも起こそうというのか。
結局悪魔席にもお客さんがきたため咲乃はしぶしぶ帰っていった。
いづみと佳奈は『天国と地獄の二刀流タコライス』と『天国と地獄のスイーツプレート』をシェアして食べていた。
2人とも満足気で帰っていった。
少しずつ客が増えてきた頃。
「ねぇ、あの天使の人、かっこよくない?」
「ほんとだ、背が高いし雰囲気ある……」
「写真撮ってもいいかな……」
廊下から入ってきた女子グループが、こそこそと僕を見ながら話しているのが耳に入った。
気づけば、他の席からも視線を感じる。料理を運んでいるだけで「キャー」と小さな歓声が漏れる。
しまいには「すみません、天使さん。ここに一緒に写ってください!」と記念撮影を頼まれる始末。
どうやら“あの天使がかっこいい”という噂が広がり始めていた。
「な、なんか片桐モテモテじゃね?」
料理を取りに来たヒロキングがぼそりと呟く。
「いや、そんなこと……」
「あるだろ。ほら、あの子らずっと見てるし。まぁ俺ほどではないがな」
悪魔衣装で肩をすくめるヒロキングの視線の先では、数人の女子が明らかに僕を目で追っていた。
照れくさいどころか、居心地が悪い。けれど仕事だから逃げられない。
「ふーん……」
不機嫌そうな声が耳に届いた。振り向けば、千穂が腕を組んで睨んでいた。
「天使は天使と結ばれるから諦めるんだね人間諸君!」
この天使は何を言っているんだ。
彼女は胸を張ってドヤ顔をするが、近くのテーブルからは「おへそ出てる……すごい……エロい」と別の歓声が上がっていた。たしかにエロいと思う。
一方、咲乃はというと……。
「う、嘘でしょ……私、こんな格好で接客とか……恥ずかしすぎ…」
と赤面していたが、地獄ゾーンの男子客からは「悪魔かわいい!」と逆に大人気になっていた。
普段のツンツンとした横柄な態度からのギャップが彼女の恥じらう仕草が、衣装と相まって妙に色っぽいらしい。
そんなこんなで、喫茶は大盛況。
天使役の僕は、どういうわけか女子客のリクエストが止まらない。
「天使さんのおすすめ教えてください!」
「天使さん、こっち向いて笑ってください!」
「天使さん、あーんってして~!」
…完全に遊ばれている。
だけど、目の前で楽しそうに笑うお客さんを見ていると、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「……また秋渡目当てのお客さん?」
咲乃が小声でつぶやき、ヒソヒソ怒りながら接客に回る。
千穂はそんな咲乃を横目にニヤリと笑い、僕を見て言った。
「ふふ、秋渡、モテ期到来だね」
「いや、モテ期って……」
天使ゾーンの行列は増える一方で、あっという間に教室の半分が女子客に埋まった。
一方、ヒロキングの悪魔ゾーンもすごい人気ぶりだった。
「あの悪魔の男の子カッコいい!」
女子たちは黄色い歓声をあげ、写真を撮りたがる。
「ヒロキング、こんなにモテるのかよ!」
僕は天使ゾーンからこっそり見て驚く。
モテるのは知っていたが改めて目の当たりするとやはりレベルが違うなと思う。
本人も満更ではなく少し嬉しそうだ。
僕たちが担当中、教室の熱気はピークに達しつつあった。
担当する二時間の接客の中、何度も「天使さん、写真撮ってください!」と頼まれる。
咲乃はその度に鋭い視線をこちらに向ける。
「……秋渡、調子に乗らないでよ!」
注文を届けるとき、小さな声で釘を刺されるが、どうしても笑顔になってしまう。これが浮かれているというやつかもしれない。
千穂は相変わらず天使モードで、「ねぇ秋渡、天国に行こうよ♪」とイタズラっぽく近寄る。
天国に行こうよってどういう意味だよ。
ヒロキングは女子に囲まれ、なんだかんだで僕と彼で天使と悪魔の人気バトルが起きていた。
二時間の接客が終わると、教室は汗と歓声でいっぱいだった。
僕は一足先に制服に着替えている咲乃の方を見た。
腕を組み、拗ねた顔をしている彼女は、まだ少し機嫌が悪そうだ。
「……今日の秋渡モテすぎじゃない?」
「モテるのって悪くないな」
冗談交じりに返すと、咲乃は小さくプイッと顔を背けた。
僕の中で、ほんの少しだけ温かい気持ちが残った。
嫉妬してくれる存在がいることも、悪くない。
こうして、天使と悪魔喫茶の僕たちの担当時間は終了した。
接客中、僕は心の中で咲乃の機嫌をどう取り戻すか次の作戦をすでに考えていた。
「一緒に文化祭回らないか?」
僕はそう彼女に問いかけた。
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